恋は桃色
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 新しい季節には、戸惑うばかりだ。
 告白を拒絶されたはずのギイに好きだと言われて、同室者がそのギイになって。
 自分の気持ちを整理するだけでも手一杯だというのに、さらにやたらとトラブルが多い。
 去年まで、「接触嫌悪症」全開だった時期には、それはトラブルも多かったけれど、あの頃は誰とということもなく、ほとんど周り全員とうまくいっていなかった。今はそうではなく、トラブルの相手はただ一人と、その取り巻きに限られている。
「どんくさいなあ、ほんと」
 廊下にかがみこんで、ちらばったテキストやノートを拾い集めていると、上から冷たい言葉が投げかけられる。かわいらしい呆れ声で託生を見下ろしているのは、高林泉だ。
「こんな何もないところで転ぶなよなあ」
 ニヤニヤと笑っているのは、すれ違い様に託生に足をひっかけてきた生徒だ。
「高二にもなってこんなどんくさくって、大丈夫なのこいつ」
「きっと、同室のヤツにも相当迷惑かけてるんだろうな」
 嘲るような声と笑い声が取り巻き達からあがるけれど、泉は笑いもせずに冷たく言い放つ。
「同室者だからって、ずうずうしくギイに頼ったりつきまとったりしたら、承知しないからな」
 託生が見上げると、泉はうつくしい目元をゆがめてこちらを見ていた。
「葉山なんて、これっぽっちもギイにつりあわないのに」
 最後には決まって、泉はそう捨て台詞を残して去っていく。
 きつい言葉にいつも傷つき、反発も覚える。
 でもその一方で、心のどこかで泉のいう通りだとも思ってしまう。
 こんな事態になってみてから、ギイに告白だなんてなんて大それたことをしてしまったのだろうと、託生は頭をかかえたくなっていた。かなうはずがないと思っていたからこそ、あんな大胆なこともできたのだと、今にして思う。ギイが自分の気持ちに応えてくれるつもりらしいと知って、本当のところ託生はおじけづいてしまっていた。
 託生には自信がなかった。なにしろ今まで、諦めることに慣れすぎていた。もちろん問題なのは、泉の言葉ではなく、託生自身だ。外見も能力も十人並みかそれ以下で、そして接触嫌悪症で。そんな託生にとって、世の中には努力をしてもままならないことがあまりに多すぎるように思われた。だから、たとえ痛みを伴おうとも諦めてしまうほうが早くて簡単だった。
 けれど───今度だけは諦めてはいけない、ような気がする。ギイに近づける可能性があるのなら、努力をしてみなければいけない。そうしなければ、きっと自分は後悔する。
 でも、まだ前へと踏み出せない。どうしたら一歩を踏み出せるのかもわからない。


『久しぶりー葉山くん、元気にしてた?』
「はい、なんとか。麻生さんも、お元気ですか?」
「うん、俺もなんとか、大学が忙しいけどね」
 受話器越しに聞く麻生の声は、相変わらず明るく朗らで、託生はほっとした。
 最後に会ってから、一月と少しになる。託生から積極的にコンタクトをとってはこないだろうからと、麻生はわざわざ寮へと電話をくれたのだ。
 しばらく近況を話していると、麻生がふと心配そうに尋ねてきた。
『でももしかして、ちょっと元気、なくない?』
「あ、えっと………、そんなこと、ない、です」
『もー葉山くーん、無理しなくていいってば。何かあった? お兄さんに話してごらんよ』
「あ、はい………すみません、ありがとう、ございます」
 麻生のあたたかい声に、託生はしばし考え込む。
 親切な、聡い先輩。過去には託生を好きかもしれないとまで言ってくれた、そして今では親しい友人として付き合ってくれている、麻生は大事な先輩だ。
 相談、してみようか。
 託生はこっそり深呼吸すると、意を決して口をひらいた。
「あの………ですね」
『うん』
「今年、その………ギイ、と、同室になったんです」
『そうなんだ』
「はい………、それ、で」
 後を言いよどんだ託生に、麻生はあっけらかんと続けてしまう。
『で、どうしたの、ギイから告白でもされたの』
「えっ!」
 どうして知っているんですか、とのど元まで出かかって、口をつぐんだ。
『あ、やっぱり? 実は前々から、そうかなーって思ってたんだよ?』
「そう、ですか」
『で、葉山くんは困っちゃった? ギイの気持ち、迷惑だった?』
「や、迷惑だなんて、そんなんじゃないです、全然。むしろ、なんていうか………ぼくなんかに、その、もったいない、というか」
『なにそれ、葉山くん』
 麻生の笑い声の優しさに、託生はここのところ気にかかっていた泉の言葉を、つい口に出した。
「ギイとぼくじゃ、つりあいがとれてないんじゃないかな、って」
『えー、つりあうとかつりあわないとか、関係ないんじゃない? むしろ葉山くんとギイなら、すごくバランスがいいんじゃないかと思うけど』
 何の気負いもなく、あっさりとそう言う麻生に、託生はあっけにとられてしばし言葉を失ってしまった。
『あれ、葉山くーん? もしもーし? 電波、切れちゃった?』
「あ、すみません、つながってます。えっと、………バランス、ですか」
『うん』
「そんなふうに言ってもらったの、初めてです」
『そう? でも俺は、葉山くんにはギイくらい強引な相手のほうがいいと思うし、ギイもそう………うん、葉山くんみたいな人が合ってると思うんだ』
「ぼくが消極的だから、ですか?」
『そうじゃなくって、ほら、葉山くんってなんていうか、強いからさ。生半可な相手じゃ、葉山くんに負けちゃうと思うから』
 強い………?
 託生は首をかしげた。そんなふうに評されるのは、ほとんど初めてではなかろうか。
「それって………もしかして、わがままって意味、ですか?」
『うーん、ある意味、そう言ってもいいかも。まあ、なんていうか、強烈に個性的だよね、葉山くんって。あ、これ、褒めてるんだからね?』
「あ、はい」
 あまりそうは思えなかったけれど、とりあえずそう相づちを打っておく。
『だから葉山くんには、相手も強い人のほうがいいと思うんだ、負けないようにさ。友達にしても、恋人にしてもね。だから俺、ギイはイチオシだな。ギイも相当、個性的だし』
「それは、確かに」
 思わず同意すると、麻生はあははと笑って、真面目な声で言った。
『葉山くん、ギイが好きなんだね』
「あ」
『それがわかっていれば大丈夫、そんなに不安にならなくってもいいと思うよ。ギイなんて所詮ただの高校生で、それでいてぜんっぜん普通じゃないんだから。よしんばギイと付き合って、何か困ったことになったとしても、大丈夫、きっとギイが解決してくれるよ』
 優しい声で矛盾することをいう麻生の言葉が、すとんと胸の中にまっすぐに入ってくる。
 ギイもただの人で、そして全然ただ者ではない………なるほど。
 言い得て妙、かもしれない。
「あの、麻生さん」
『うん』
「聞いてくれて、ありがとうございました」
『ううん、話してくれてうれしかったよ。俺葉山くん好きだし、ギイも好きだから』
 麻生の明るい声に、託生もほっと息をついた。













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