恋は桃色
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 まさしく、春の嵐のようだった。
 突然ギイが自分の家にやってきて、とんでもないことを告げて、そして帰っていった。
 駅のホームに取り残された託生は、あっけにとられたまま帰宅し、呆然としたまま春をすごし、何の心構えもできないうちに、祠堂へ帰る日となってしまった。
 帰る───帰る、のだ。
 たった一年弱を過ごしたばかりの祠堂が、帰る場所になりはじめている。ここが、自分の日常の世界だ。
 祠堂の正門へとつづく桜並木の下を歩きながら、託生は改めてそう思った。
 たった一年弱の間に、本当にいろいろなことがあった。祠堂での生活にくらべれば、自宅で過ごした春休みは、まるで時間がとまっているかのようだった。そのゆったりとよどんだ夢の中のような時間に突然振ってわいたギイは、まさに嵐のような「事件」だった。
「………って、聞いてるかー、託生?」
「え?」
 はっと振り向くと、あきれ顔の片倉利久がため息をついていた。
 そうだった、自分はひとりで歩いていたわけではなかったのだった。託生はあわてて利久に謝った。
「ごめん利久、なんだっけ」
「二年になったらさ、やっぱ託生とクラス離れちゃうかなー、ってさ」
「あ、………うん。そうだね」
「少なくとも部屋は、別だろーなあ………一度同室になった生徒とは、極力離すってウワサだしなあ」
「うん………」
「………なんだよ、まだ心ここにあらず、って感じだな、ぼーっとしてさ。託生らしいっちゃらしいけど、いつも以上だぞ。大丈夫かー? おーい」
 託生は頷きながら、ぼんやりと思う。
 ギイが自分を好きだと、言った。
 彼が嘘をつくとは思えない───とても、本当に信じがたいことなのだけれど、春休みの間に彼の言葉自体は疑いようがないだろうという結論に至っていた。そんな不誠実な相手ではないし、第一ギイにはそんな嘘をつく理由も利点もない。わざわざ春休みにアメリカから託生を訪ねにくるような理由も。
 だから、なぜ彼がそう思ったのかはわからないけれど、あの言葉自体は一応、本当だとして。
 一体、どうしたらいいのだろう。
 寮の入り口脇の掲示板には、新しい部屋割り表が貼られている。利久はそれをのぞきこんで、おどろいたように興奮した声で何かを言っていたけれど、託生は適当にあいづちをうちながら、臨時の受付となっている長机の方へと足を向けた。担当となる階段長との短いやり取りをぼんやりしたまま済ませ、新しい鍵をうけとって階段をのぼる。
「どうしよう」
 ギイの言葉が本当だとして、一体自分はどうしたらいいのだろう。
 新しい鍵を鍵穴に差し込んで、託生はその手をとめた。鍵がまわらない。一瞬考え、ああと頷いてドアノブに手をかけた。きっと同室者が先に、部屋に着いているのだろう。
 そっと扉を開くと、薄くらい中、窓際に人影が立っているのが見えた。
「赤池くん」
「よ、葉山」
 振り向いた赤池の三月とかわらぬ様子に、託生はほっと息をついた。
「赤池くんが同室だったんだ」
 託生は足取りもかるく赤池に近づき、微笑んだ。面識のない相手よりは、多少でも親しくなれた赤池が同室という方が、ずっと心強い。しかし赤池は、託生の言葉にいぶかしそうな表情をした。
「部屋割り、確認してこなかったのか? 葉山の同室は、僕じゃないよ」
「え?」
「葉山には左側のベッドを使ってほしいって、伝えてくれってさ───ああ、思ったより早かったな、来たぞ」
 首をかしげる託生に、赤池は笑いながら託生の背後を指さした。
 振り向いた託生の目に飛び込んできたのは、この上もなく清々しい顔で微笑むギイだった。
「遅かったな、託生。一年間、よろしくな」
「………ギイ!」


「なんでオレが級長かなー、ったく、欠席裁判なんだもんなあ」
 カレーをいじくりまわしながらぼやく利久に、託生はいやな顔をつくってたしなめた。
「カレーをそんなにかきまぜるなよ、利久」
「なんだよー、つめたいよなあ。親友の不幸に、もうちょっと同情してくれてもいいだろ」
 早めの夕食をとりながら、託生は先程から利久の愚痴に付き合わされていた。利久は、知らない間に新しいクラスの級長に指名されていたらしい。重くるしいため息をつきつつカレーを口にはこび、利久はまだ恨みがましい目で託生を見ている。
「あーあ、託生はいいよなあ。同室がギイで、同級だから級長もギイだろ? クラスも寮も、順風満帆じゃんか」
「そう?」
 何気ないふりを装って軽く返しながら、託生はちらりと利久を見た。
「でもギイと同室って、ちょっとビビらないかい?」
「ああー、そりゃあまあ、あのギイだもんなあ。友達にはなったけど、ちょっと、確かに気後れするかもだけど」
 うんうんと同調しながら、利久は顔を大げさにしかめて言葉をついだ。
「でもさ、吉沢のとこ、見ただろ? 高林が同室ってよりは、ずっと気が楽だろ?」
「あー………それは、確かに」
 託生は素直に頷いた。
 ギイから逃げ出して、利久と過ごしていたこの午後、託生は利久の弓道部仲間である吉沢道雄の部屋を訪ねていた。吉沢の同室者は、高林泉になったらしかった。らしかった、というのは、吉沢の部屋に滞在している間、高林本人の姿を一度も見かけなかったからだ。
 高林は、世間のうわさ話にうとい託生でさえ知っている、現在祠堂随一の美少女───と言われている二年生だ。どうやら美貌を無駄にしないお姫様気質らしく、同室者になった吉沢に部屋の改造をいいつけて、自分は雲隠れしてしまったということだった。ひとりで部屋の家具を動かしあくせくしている吉沢を見かねて、利久と託生はしばし吉沢の手伝いをかってでたのだ。
「ギイはいい奴だし、親切だし、成績もいいしさー。な、やっぱギイはできた同室者だってば」
「そうだね、葉山にはもったいないんじゃないの?」
「え?」
 背後からの唐突な声に振り返ると、かわいらしい生徒がこちらをにらみ下ろして立っていた。
「女の子………?」
「なわけないだろ、ウワサの高林だよ」
 利久の小声の解説に、ああと納得した。確かに、美形だ。
 初対面のはずの高林は、なぜか託生を睨みつけている。
「葉山なんて、ぜんっぜんギイにつりあわないじゃん。同室者が選べないってのは、ギイもいい迷惑だよね」
 とげとげしい声で言いたい放題にそう言って、高林はくるりと踵をかえして去っていった。その後を、数人の生徒が追いかけていく。
「なんだあれ、感じわる! 託生、気にすんなよあんなの」
「あ………うん、ありがとう、利久」
 泉の心ない言葉に憤慨してくれる利久に、託生は曖昧に微笑み返した。













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