恋は桃色
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 葉山を怒らせた───そう話したら、珍しい体験をしたなと章三は苦笑していた。
 あの葉山があんな風に怒るのだということに、そもそも葉山も怒るのだという当たり前のことに、ギイにしても、後悔するよりも先にまず驚いてしまったのは確かだ。周囲を拒絶してばかりいた頃も、少しずつ打ち解けてきた頃も、だいぶ穏やかになっていたこの頃も、葉山があんな風に怒るところなど見たことがなかったし、想像さえできなかった。
 葉山があんなふうに怒ったということは、つまりそれだけギイにたいして真剣だったということだ。ギイはそれを、なかったことにするようなことを言ってしまったのだ。あんなにも真摯で、強い気持ちを無視したようなものだ。葉山が怒ったのも当然だと、ギイはそう思った。
 同時に、自分がなぜこんなミスをおかしてしまったのかを考えた。聞かされた章三の言葉にしても、自分の見た葉山と麻生の様子にしても、葉山と麻生が付き合っているということを確証させる情報ではなかった。それを勝手に確信してしまったのは、そう信じたかったからなのだと思う。
 葉山は外界に無頓着でもの知らずで、だから一緒にいて楽な相手で。更には今回見せたような、ひたむきさをももち合わせていて、だから友人として長く付き合っていきたい相手だった。彼と親しくなりたかったのは、ギイの方だった。
 ここに至ってギイは、葉山と麻生がつきあっていると聞いてなぜ自分がうれしく思ったのか、ようやくわかったような気がしていた。葉山の孤独を心から心配していたから、ではない。葉山に恋人ができれば、自分も恋愛感情を考慮する必要がなくなって、気兼ねなく葉山と親しくして構わないだろうと思っていたのだ。葉山のことを心配するフリをしながら、結局自分の都合ばかりを考えていたのだ。それで結局、葉山を傷つけてしまった。
 ギイは、葉山にもう一度きちんと謝るべきだ、という結論を出した。
 加えて、自分の気持ちを───そのズルさまでもを含めて、葉山に伝えるべきだ。それが、あれだけ自分にたいして真摯でいてくれた葉山への礼儀だという気がしたのだ。
 けれど、さっそくその日の夜葉山の部屋を訪れると居留守を使われ、以来ギイは葉山に避けられ通しとなった。寮内で行き会うことが極端に減ったのは、おそらく故意に生活リズムをずらされているせいだろう。それでもやはりクラスや食堂でたまに出くわすのだが、そんな折にもふいと視線を逸らされる。用件があるときだけはそっけないながらも会話をしてくれるけれど、個人的な会話をしようとすれば、会話を打ち切られてしまう。まるで、夏以前に時間が戻ったかのようだった。


 そうこうしている内に、早くも三月になってしまった。
 その日は寒の戻りで、更にあいにくの曇天だった。新しい門出を祝うには少し物寂しかったけれど、卒業生達の表情は晴れやかだった。寮内を歩いていたギイは、親しい三年生達につかまってしまった。卒業パーティに向かう途中らしい三年生達になかば強引に祝わされていると、向こうから麻生がのんびりと歩いてきた。
「何してるの、みんな」
「丁度いい余興の景品がいたから、拾っていこうと思ってさ」
「それって、その一年生のこと? もらっても、あんまりうれしくないかも」
 容赦のないジョークに苦笑しながら、ギイは麻生に声をかけた。
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう、ギイ」
 麻生はにっこり笑い、そうだ、と首をかしげた。
「ちゃんとした景品取りに行かなきゃなんないから、ギイ、荷物持ちに借りていこうかな」
 勝手な言葉にまた苦笑いさせられながらも二つ返事で引き受けて、三年生達に見送られながら麻生の部屋までついて行くと、なぜか無理矢理座らされてしまった。自分もその隣りに座り込んで、麻生は唐突に口を開いた。
「というわけで、俺も卒業だからさ、後、よろしくね」
 荷物持ちは口実で、麻生はこれを言いたかったのだろう。ギイは麻生らしいマイペースなことの運び方に苦笑した。
「葉山ですか」
「うん、そう。せっかく仲良くなったのになあ、もう卒業なんて、残念」
 本気で残念がる声と、肩をすくめてふっとついた息の軽さに、やはり二人の間に恋愛関係はなかったのだと思い知らされる。勘違いしていてすみません、と心の中でこっそり麻生への謝罪をつぶやいていると、麻生はにやりと意地悪く笑った。
「ま、でも、お邪魔虫がいなくなるから、ギイはうれしいだろうけど」
「え?」
 意味がわからずに怪訝な顔で見返すと、麻生はまたにやにやと笑う。
「だってギイは、葉山くんのこと好きなんだろ?」
 あまりに唐突な内容に、ギイは一瞬、言葉に詰まった。
「………え? いや、オレは別に」
「とぼけなくていいから、ギイ」
「いや、とぼけてるつもりなんて、ないですけど」
 麻生はいぶかしげな顔になり、眉根を寄せてギイを見返した。
「冗談だろう? じゃ、聞くけど、ギイはなんで、葉山くんとああしてしょっちゅう一緒にいるわけ?」
「そりゃあ、葉山はいい奴だとは思ってますけど。それに、ちょっと心配でしたし。でも、それだけですよ」
「ギイ………何言ってんの? ほんとにそんなふうに思いこんでたの?」
「麻生さん、どうしてそう断定できるんですか?」
 オレのことなのに、という反論を飲みこんだギイに、麻生は今度こそ大きな溜め息をついた。
「どうしてって? 見てればわかるよ。だってギイの行動って、いつも合理的じゃないか。だから逆に、わかるんだよ。葉山くんがいると、ギイって理屈がとおらなくなるから」
 あまりにも意外なその言葉に、ギイは絶句した。
 ………自分が? 不条理になるって?
「もしかして、自分で気づいてなかったの?」
 呆れたと言うよりも、珍しいものを見るような目で見られて、ギイは素直に頷いた。麻生は少し首を傾げると、気を取り直したように、諄々と説明し出した。
「ギイってさ、友達に優先順位つけるほうだろ。あ、別に悪い意味じゃぜんぜんないんだけど、それこそはぐれ気味なやつを気に掛けたり、問題起こしそうなやつをフォローしたり、するだろ。ギイの行動ってよーく見てると、目的が見えてくるんだ。でも葉山くんと一緒にいるギイは、ぜんっぜん読めない」
 麻生の言葉に、ギイはかすかに息をついた。思ってもみなかったことだが、言われてみれば、確かに自分はそうだったかもしれないと素直に思える言葉だった。普段は天然に見えるのに、やはり麻生の洞察力はあなどり難い。
「それにね、葉山くんのことをいい友達だとか思っているんなら、なんであんなにダメ出ししすぎたり、からかいすぎたり、遠慮がなさすぎたり、かまいすぎたりするわけ?」
 今度の問いかけには、ギイはつい苦笑した。葉山の傍が居心地がよかったのは確かだが、麻生にはそんなふうに見えていたのかと思う。あるいは、麻生以外の人間にも、なのだろうか。
「オレ、そんなにひどい扱いしてましたか」
「ひどいよねー、他のクラスメイトには絶対しないし、赤池や矢倉みたいな親しい友達にだってああじゃないし。ちなみに学校外の知人友人にだって、もちろんしないもんね」
 麻生はそこで少し微笑んで、先を続けた。
「ギイは合理主義者だからね、他人には厳しいけど、甘いんだよ。自分に関係ないから。けど、葉山くんには、ほんっとどうでもいいことまでからむから、きっと彼を自分のものだと思いたいんだろうなーって思ってた」
「それってつまり、オレは傲慢だってことなんですかね」
「うん、でも愛情表現でもあるんだと思う。まあ葉山くんには、それくらい強引なほうが、いいのかなーとも思うし」
 最後の方は独り言のように呟く麻生をおいて、ギイは麻生の言葉を反芻していた。思っても見なかった内容に混乱しながらも、ギイはどこかで納得している自分がいるのを感じていた。もしかしたら、麻生の言うとおりなのかもしれない。自分が葉山をそういう意味で好きなのだ、というのはあまりに突飛なことで、まだ確証は持てない。でも確かに麻生の言うように、自分は葉山に対して何らかの感情移入をしているとは思う。それが恋なのかどうかはまだわからないけれど。けれど───
 ここのところの葉山の様子を、つらつらと思い返す。
 どちらにしても、自分はもう間に合わないのかもしれない。













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