恋は桃色
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 何を言われたのかわからず、託生は瞬いた。
「どういう意味?」
 首を傾げる託生に一瞬言葉に詰ったようだったが、ギイは気を取り直したように、あっさりと返した。
「麻生さんと、付き合っているんだろ」
 言葉をかえてもらっても、やはりすぐには意味がつかめなかった。託生はなんとか口を開こうとして、けれど言うべき言葉が思いつかない。
「………なに、それ」
 付き合う?
 麻生と、自分が?
 付き合うというのは、この文脈なら、当然恋愛感情も込みでのニュアンスなのだろう───だが、
「付き合ってなんか、いないけど」
 とりあえず、託生が言えたのはそれだけだった。頭はまだ混乱している。呆然としたまま口を閉ざしてしまったけれど、ギイもまたしばらく押し黙っていたようだった。
 ふと顔をあげると、困惑したような表情のギイと目が合った。
「葉山、悪い。何か、勘違いしてたみたいだ」
 すまなそうなその声音に、託生はまなざしをゆらがせる。
 勘違い? なぜ?
 よりによって、ギイが。
「だって、どうして………」
 伝わっていなかったのだ、と思った瞬間、心の中でなにかがぷつりと切れたようだった。
「どうしてそんなこと言うんだよ。ぼくは君が好きなんだって、言ったじゃないか」
「葉山!」
 託生は踵をかえすと、ギイが呼ぶ声にも振り返らず、走り出した。


 どこをどう走ったのか、気づけば半分公園となった緑地帯まで来ていた。
 いつか麻生と立ち寄った場所だ───と思うと、やりきれない気持ちになった。けれど託生はため息をつくと、子どもたちが遊んでいる遊具の辺りをよけて、木々にかこまれたベンチを捜して腰をおろした。
 ギイからは逃げ出して来てしまったけれど、今はここでこのまま、心の整理をつけるべきだ。そんな気がした。
 自分が麻生と恋人同士として付き合っている、だなんて。
 託生にとっては、それは青天の霹靂とも言うべき情報だった。そんな話は、初耳だ。ギイはなぜあんなことを言ったのだろう。何か、彼なりの推測があったのだろうか。それとももしかして、そんな噂でも回っていたのだろうか。確かに託生は祠堂内で駆け巡っている情報には疎いけれど、自分に関する噂について全く知らなかったというのは、流石にどうかと思う。それに、その内容が全く事実無根だと言うことも。
 だが、噂があるにせよ、ギイの独断にせよ、一体なぜそんなふうに思われていたのだろう。
 ここのところ、麻生と共に過ごす頻度は高かったとは思う。それに、麻生からのある種の申し出があったことも確かだ。
 少し前、麻生は託生が好きだと言った。友情以上の気持ちを感じる、とも。けれどしばらく黙った後、動揺する託生に向かって、自分自身でもこの感情が恋かどうかはまだ自信を持てない、ただ正直な気持ちを伝えたいのだ、とあっけらかんとした留保をつけてくれた。麻生らしいマイペースで正直な告白だと思ったが、むしろそれはありがたくもあった。
 麻生と一緒にいるのは楽しかったし、麻生のことは勿論好きだ。でも、麻生に好意を抱いたことで、逆説的にわかってしまったのだ。麻生のことは好きでも、麻生の告白は受け入れられない。託生の麻生への好意は、恋ではなく友情なのだ。自分はまだ、ギイが好きだ。恋をしている相手は、ギイだけなのだ。
 だから、───ギイは無神経だ、そう思った。
 好きだと、言ったのに。託生の本気の言葉を、心を、わかってくれたのだと思っていたのに。なのに、麻生と付き合っていると思っていたなんて、ひどい話だ。無神経にもほどがある。
 けれど、ギイの無神経さに傷ついている自分は、もっと無神経なのだろうと思った。
 最初は告白を聴いてもらえるだけで構わないと思っていたのに、いつも親切なギイに感謝しているのだと伝えたかっただけだったのに、自分はいつか欲を出していたのかもしれない。もしかしたら、振られても恋をし続けている健気な自分を、ギイに評価してもらいたがっていたのかもしれない、と思ったのだ。
 ギイは自分を友人として受け入れてくれたのだ。ギイに片思いしている託生ではなく、ただのクラスメイトとしての託生を。だから今日のように、一緒に出かけることさえ出来るようになった。友人になれたのは、託生が努力したのではなく、ギイが受け入れてくれたからだ。ギイが声を掛けてくれたから、時には強引に仲間に入れてくれたから、こうして彼と友人づきあいをさせてもらえるようになったのだ。そんな経緯を忘れてギイを攻めるのは、ずうずうしいというものだろう。ギイに謝罪をしてもいいくらいだ。
「………でも、無理だ」
 もうだめだった。
 一切の期待をせず、ギイへの気持ちには封をしてなかったかのようにふるまう。ギイに恋人が出来れば友人として祝福し、いつか自分もギイ以外の誰かと恋愛する?
 それは無理だ、とすぐに思った。
 そんなことは、考えられない。
 ギイに恋をしつづけたまま友人になることなど、どだい無理な話だったのだ。一方的な恋心を隠したままの友情など、どこかでいずれ破綻するに決まっている。
 だとしたら、自分は一体これからどうすればいいのだろう。とり得る道は、多くはない。
 ギイから離れて、友人という立場も諦めるか、それともギイへの気持ちをすっぱり諦めて、これからも友人として付き合うか。
 二者択一への回答は、とうにわかりきっていた。
 託生は空を見上げた。うっすら青い、寒々しい冬の空。
 諦めることには慣れていた。だから、そんなに辛くはない
 ………辛くない、はずなのだ。













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