恋は桃色
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 意外なくらい器用にフォークを使う様子に、けれどその目的がわからなくてしばらく考えた後、ギイはああ、と声をあげた。
「もしかして、パプリカ、嫌いなのか?」
「………だって、ピーマンじゃないか」
「あー、まあ確かに、同じトウガラシ科だけどな」
 意外、でもないのかもしれないが、葉山は好き嫌いの多い人間だった。
 子どもみたいな奴だと思いながらギイが苦笑すると、葉山は言い訳がましく言葉を足した。
「行儀悪いって、わかってはいるんだけど」
「葉山は何でピーマンが嫌いなんだ?」
「や、だって………苦いし」
 言葉を濁しながら、視線をうろうろさせる葉山の様子に、ギイはついふきだしてしまった。葉山はうらめしそうにそんなギイを見返して、ため息をつく。
「もう、わかってるよ、子どもっぽいって」
「でもパプリカは、苦くないぞ」
「………本当かい?」
「本当、本当。ちなみにピーマンだって、完熟させれば色もかわって、苦みもなくなるんだぞ」
「え、そうなんだ?」
 じゃあ熟してから食べればいいのにね、という葉山にそう言えばそうだなと答え、確かに何故青いままの実を食べるようになっているのだろう、帰ったら調べてみようとギイはこっそり思う。まだ疑っているような動きでそろそろとパプリカに向かっていくフォークを見つつ、窓の外の空を見上げれば、すきとおるように薄青い。一月も終わりの冬らしい空の色に、小さく息をついた。


 葉山が麻生と付き合い始めてから、ギイはここしばらくの心配事が解決したためか、ちょっとした開放感を感じていた。
 麻生とのことがあって、葉山はまた一段と落ち着いたように思えた。年が変わってからしばらくたったが、もう自分が心配する必要もさほどなさそうだった。ギイは安堵したし、心からそれをよかったと思い、そして一クラスメイトである葉山にやけに自分は肩入れしていたものだと、これまでの自分をかえりみて苦笑した。これでは、おせっかいだの級長体質だのと章三にからかわれるのも当たり前というものだ。
 ギイは、葉山に恋人ができて、改めてこれで普通の友人としてつきあっていけると思っていた。そうして心置きなくただのクラスメイトとしてつきあいはじめてみれば、葉山は意外なことに、ギイにとっていい友人になれそうな相手だったことに気づかされた。
 葉山を一言で論評するならば、目が離せない人間だと言いたいと、ギイは思う。
 章三は葉山のことを、おっちょこちょいだの間抜けだのとからかって言っていたが、確かに葉山はどこかがというか、そこらじゅうが抜けている。しょっちゅうぼんやりしていて、あぶなっかしくて、目が離せない。以前のような痛々しいほどの排他主義は随分と影をひそめ、これでもう自分が心配する必要はなさそうだと思ったばかりなのに、今度は別の意味で心配になってしまった。
 そんなある意味面倒な相手なのに、わずらわしくは感じない。むしろ、もっと一緒に過ごしたいとさえ思う。そして、おそらく葉山のあぶなっかしいのんびりさは、彼の美徳でもあるのだと、ギイはそう思っている。
 何しろ葉山はすすんで告白してきたくせに、ギイのことも殆ど知らないらしかった。ギイの生まれ月はともかくとしても、実家の場所やアメリカ国籍のクォーターであることなども、赤池が教えるまで知らなかったらしい。基本的に情報にうといらしく、祠堂でもすっかり有名になってしまったギイの実家が世界的に有名な企業グループを持っていることや、かなりの資産があることも、よく知らないらしかった。そして、教えられても、インパクトの薄い情報は忘れていたりもする。
 ギイは自身の人並みはずれた記憶力を差し引いても、葉山の記憶力のなさには正直呆れるしかなかった。
 けれど呆れこそすれ、ギイが葉山を嫌いになるようなことはなかった。むしろそんな欠点も、ギイにはなんとなく好ましく感じられるのだった。外界に無頓着な葉山という友人は、付加価値の多いと見られがちなギイにとって、一緒にいて楽な相手だったのかもしれない。
 今日などは、二人で下山してランチをしている。日曜日の今日は、これから買い物に行く予定だ。
 勿論二人きりで過ごすつもりではなく───他意はなくとも、二人きりでは流石に麻生に申し訳がたたないような気がしたから、章三と片倉利久も誘ったのだが、片倉は部活の大会に出かけるということだった。章三は午後から合流すると言うので、ランチの後に待ち合わせている。
 少し早めに店を出て、章三との待ち合わせ場所に向かいつつ、他愛ない会話をかわしながらぶらぶら歩く。
 向かいの道を通りがかったクラスメイトに手を振り返した後、葉山は通りを見渡してつぶやいた。
「なんだか最近、三年生をあまり見かけない気がするんだけれど」
 当たり前だろう………と少し呆れ、けれどギイはやっぱり苦笑した。
「三年生は、受験シーズンだからな。予備校の直前講習に行ったり、受験だったりで、出かけてばっかりだから」
 葉山はああそうか、と頷いて、ギイが笑っているのに気づくとまた少しすねた。
「どうせね、情報が遅いよ」
 情報が遅いというよりも、周囲に興味がないのだろう。だがそんなところも、葉山らしい。
 そんな風に思っていると、葉山はふと首を傾げた。
「あ、でも、それなら」
「ん?」
「麻生さんってさ、受験しないのかな?」
 ギイも流石に、一瞬言葉を失った───自分の恋人の情報にすら無頓着なのか、葉山。
「や、ほら、ずっと図書室にいるけど、勉強しているふうには見えないし、それに受験する先輩は、ギイが教えてくれたみたいに、この時期は受験であちこち出歩くものなんだろう?」
 知らない、ということに拘泥してすらいないらしい様子に、ギイはますます驚きつつ、なんとか口をひらいた。
「………あー、麻生さんは、推薦で決まってるんじゃなかったか、確か」
「へえ、そうなんだ」
 麻生さん成績よかったんだねえ、とのんきに笑う葉山に、流石に苛ついてしまう。
「そんなことで、大丈夫なのか?」
「え、なにがだい?」
 ギイはため息をつきそうになるのをこらえて、かわりに再度問いかけた。
「麻生さんと、うまく行ってるのか?」













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