恋は桃色
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 ギイという人は、託生にとって、常に空にみあげる日のような存在だった。
 暖かく明るく、託生に対してさえ平等に光を降り注いでくれるような、そんな太陽。
 それは今もずっと変わらない。
 恋心を告白して、そして拒絶され、以来友人らしき位置に居させてもらえるようになった。それは当初の望み通りであるような、そうではないような関係だった。
 託生がギイに対して好きだと告白したのは、友人としての気持ちからでは、明らかにない。人間関係の不得手な託生ではあるが、自分の気持ちを見誤ったりはしない自信はある。確信がある。過去の疵から、恋など一生出来ないだろうと思っていた自分だからこそ、こんな気持ちをくれたギイに対しては、本当に恋をしているのだとそう思える。だから、友人同士という関係は、託生にとってはある意味では不本意なものだった。
 けれど、だからといって、必ずしも現状に不満があるわけでもないのだ。
 なぜなら、もしも───たとえ、万が一。ギイが自分の恋心を受け入れてくれたとして、それでもその時、普通の恋人同士のような交流が、託生には出来はしないのだ。
 少し前に、ギイに触れられたことを思い出す。文化祭のための作業中に、触れようとするでもなしに、ほんの少し、彼の手が触れただけだ。それだけでも、託生の身体は接触嫌悪症の症状を露わにしていた。
 だから、ギイに触れることさえできない自分が、今以上ギイに近づくことなど、永遠に不可能なことなのだ。無理に近づこうとすれば、太陽に飛んだイカロスのように、まがいものの羽を焦がして墜落してしまうことだろう。
 だから、このままでいい。
 きっとこのまま、ひとりのクラスメイトとして、友人として少しだけ仲良くさせてもらって。やがて進級してクラスがかわって、高校を卒業して。そうしていつか、疎遠になっていくのだろう。
 それでいい。それ以上何も、望まない。


「葉山は意外とおっちょこちょいなんだよな」
「………赤池くん、あの、」
「おっちょこちょいが不満なら、間抜けでもいいが」
「あのね、確かにぼくもうっかりしてたとは思うけど、そこまで言う?」
 少し前を歩く赤池が笑うのに、託生は頬をふくらませつつ、ふと首をかしげた。
「でも、意外と、って、もしやぼく、今まではしっかりものだと思われてた?」
「しっかりものというか、何というか。うーん………よもや、ここまで手がかかるとは思っていなかったというか」
 託生がショックに一瞬言葉を失った隙に、赤池の隣りから明るい声が振り返る。
「ま、葉山の抜けっぷりにも、大分慣れたけどな」
「ギイまで………ひどいや………」
 追い打ちのようなフォローの言葉に更に落ち込まされつつ、自然歩調が鈍ってしまった託生の横に、ギイがすっと寄り添った。
「いいだろ、こうしてオレ達がちゃんとフォローしてやるからさ。な、章三くん」
「僕もフォロー係に組み込まれているのか………。それより急ぐぞ、これ以上遅れると本当に観逃しかねないからな」
 赤池は、さっさと先を歩いて行ってしまう。
 遅れないように心持ち急ぎはじめた託生に、ギイは苦笑して教えてやる。
「まだ充分次の回に間に合うんだから、そんなに急がなくて大丈夫だよ、葉山」
「え? でも………」
 赤池くんが、と言いかけた託生に、ギイはにやりと意地悪く笑ってみせる。
「本当は章三もあれを観ようと思っていて、今日まで忘れていたらしいんだよ。葉山をからかうのにかこつけて、自分のうっかりをごまかしてるだけさ」
「なんだ、そうなのかい?」
 その映画を観ようと思っている、とつい口の端にのせたのは、別段他意があったからではなかった。ギイと章三にそれを話したのも単なる話の流れからで、二人を誘いたかったわけでもない。映画が観たいというのも、利久がつきあってくれたら劇場で観てもいいかな、というくらいの気持ちで、もっと正直を言えばDVDのレンタルを待っても構わないと思っていた。託生にとっては、映画はごくたまに観るという程度の娯楽で、映画館で観ることにそれほどこだわりもなかったから。
 そんなこともあり、日曜日の今朝、ギイと赤池が連れだって自室を訪れた時には、来意の見当がつかなかった。あの映画今日までだぞ、とギイに言われて驚いて、だから早く準備をしろ、と赤池にせかされ二度驚いた。二人が託生のたあいもない話を覚えていてくれたことにも驚いたし、どうやら一緒に観に行ってくれるつもりらしいということにも驚いたのだ。
 自分がそこまで本気で考えていたわけでもないのに、二人をつきあわせるのでは申し訳ないような気持ちだったので、今日の下山はどうやら自分のためだけではなく、赤池のついでらしいと知って、むしろ託生はほっとしていた。
「じゃあ、気づいていたのは、ギイだけってわけかい?」
「ああ、今朝部屋の片づけしてる時に、古い雑誌をぱらぱら見てさ、あー葉山が言ってた映画だなーって思ってたら、章三が首突っ込んできて、観たいって言い出して。それなら、葉山もまだだろうから誘ってみるかってなって」
 ギイが自分の言葉を覚えていたくれたと知って、託生はうれしくなった。
 託生はギイのこういうところが好ましく、そして羨ましくもあったのだ。
 彼がささいな言葉を覚えていてくれたり、自分のことを気に掛けてくれたりすると、託生はそれだけで幸せな気持ちになれた。それは勿論、託生だけが特別というわけではないし、赤池やその他のギイの友人たちに対してだって、同じようにかあるいはそれ以上に、ギイは心を配っているのだろう。けれど、彼らと同じように扱って貰えるのはうれしかったし、こういうことがあるたびに、ギイの器量の大きさに改めて感服させられ、慕わしく思わされるのだ。こうした気配りは彼の記憶力と親切さとの賜物なのだろうし、気負うことなくさらりと親切にしてくれるギイが、託生は好きだった。
 相変わらず横を歩いてくれるギイを覗き込むようにして、託生はその表情をうかがった。
「じゃあ、ギイがいなかったら、赤池くんもぼくも、観逃してたんだね」
「そういうこと」
 軽く頷いたギイに、託生はちいさく溜め息をついた。
「ギイって、つくづくすごいよね」
「そうか?」
「うん、だって、赤池くんもぼくもすっかり忘れてたことなのに、ギイだけが気づいたんだろう? それに僕がギイだったら、人の観たい映画まで、きっと覚えてられないと思うし」
 ギイは少し首をかしげると、ふっと微笑んだ。
「なんか、いいな」
「え?」
「葉山の………基準っていうか」
 ギイの言葉を反芻し、託生は思わず眉根を寄せた。
「それって………、感心する基準が低いってこと?」
「あ、いや、そうじゃなくってだな」
「どうせね、自分の能力が低いですから」
 託生は再び頬を膨らませ、ギイをおいて、歩く速度をあげた。













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