恋は桃色
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 例の土曜以来、麻生と葉山の間の距離は、また一段と近くなったようだった。誘いをかけるのは相変わらず麻生から、ではあるようだけれど、二人で楽しそうに過ごしているのをいろいろな場面で見かけるようになった。ギイは安堵し、これできっと、葉山の心も癒されていくに違いないと、そう考えた。これからは自分も、麻生の友人、葉山のクラスメイトという立ち位置から、二人を見守っていればいい、と。楽観的すぎる考えかもしれないが、しかしなにしろ今のギイには、それ以上踏み込むことは出来はしないのだ。
 夕食後のひととき、談話室の前を通りかかってふと中をのぞくと、章三がこちらに気づいて手をふった。
「どこ行くんだ?」
「学生ホール。コーク買おうと思って」
「何でわざわざ、あんなところまで………」
「あそこの自販機、今増量中だから」
 章三は呆れた顔をしながらも、立ち上がって廊下に出てきた。
「僕も行くよ」
「映画、見てたんじゃなかったのか? 朝から楽しみにしてたやつだろ?」
「見てたけど、つまんなかったんだよ。結構期待していたのに」
 がっかり顔の章三に苦笑を返しつつ、連れだって寮を出る。
 山奥と称される祠堂においては、秋の宵は既にかなり肌寒くなっている。章三はぶるっとふるえ、腕をさすった。
「上着もってくればよかったかな」
「そうか? オレ、寒いの平気だからなあ」
 半袖に綿シャツをかさねただけのギイを見て、章三は自分のパーカを見下ろし、溜め息をついた。
「うらやましいな………僕は寒いの苦手なんだよ。冬はしょっちゅう風邪ひいてる」
「上着とりに戻るか?」
「面倒だし、何とか気合いで乗り切る。少し急ごう」
 章三の言葉に心持ち早足になって、しばらく無言で並んで歩き続けた。暗い夜道の先に学生ホールの明かりが見えたところで、少し気がゆるんだのか、章三が口をひらいた。
「ギイ、そういえば、葉山と麻生先輩、どうなってるのか知ってるか?」
「突然だな。オレは何も知らないよ」
「麻生先輩と親しいだろ、ギイは」
「そりゃあ親しいんだろうけど、オレ、基本的に他人の恋愛ざたには首をつっこまないことにしてるから」
 そう軽く返しつつも、ギイはすこしいぶかしく思っていた。
 なにしろ章三だって、人の色恋沙汰───それも、男同士での恋愛話に、首をつっこむたちではない。
 章三は、ギイの言葉にか、それとも寒さのためにか、首をすくめて先をつづけた。
「僕だってかかりあいになるつもりはないし、なかったさ。けど、偶然聞こえてしまって」
「何が」
「麻生先輩が、葉山に告白しているとこ」
 一瞬、間が開いた。
 予期していた事態ではあったものの、流石にギイも心構えまでは出来ていなかった。
「それって、いつもの冗談じゃなくってか?」
「本気っぽかったからさ、ちょっと驚いた」
「それで、………葉山は何て?」
「流石にそこまでは聞かなかったよ。それ以上は、立ち聞きになるだろう」
「まあ、な」
 同意しながらもギイは、葉山はどう答えたのだろう、と推測をめぐらせた───その答えは、ここしばらくのふたりの様子を思い返せば、なんとなく想像がつくような気がした。


 借りていた本を返すために立ち寄った図書室で、ギイはふとその二人を見かけた。
 図書当番にでもあたっているのだろう、葉山は返却された本をカートにのせて、棚に一冊ずつ戻している。麻生は葉山とは反対側の棚を覗き込み、振り返った。
「こっちの棚、804までだ。あったら、ちょうだい」
「あ、はい。じゃあ、これ………、と、これも、お願いします」
 麻生が伸ばした手に、葉山は少し離れた場所からそっと本を載せる。受け取った本をしゃがんで棚に収める麻生と背中合わせで、葉山は腕をあげて別の本を頭上の棚に差し込んでいる。
 穏やかな時間が過ぎていくのを何となく見守っていると、麻生がぱっと顔を上げ、目があった。
「ギイだ、何してんの」
「本を返しに来たんですけど、ついでに何か借りていこうかな、と思ってたとこです。麻生さんこそ、何してるんですか」
「俺? 俺は葉山くんと遊んでんの」
「遊んでるんですか」
 軽口をかわしながら、麻生の後ろの葉山にもひらひらと手を振ってやると、少しはにかむようにして手を振りかえしてきた。麻生はまたぱっと後ろを振り向き、葉山にすまなそうに声をかけた。
「でも、俺そろそろ行かなきゃなんだ。葉山くん、途中でごめんね」
「あ、いえ、そんな」
「ギイ、かわりに手伝ったげてよ」
「オレですか? いいですよ、ヒマだし」
 麻生の頼みを軽く請け負うギイに、むしろ葉山のほうが焦っているようだった。
「や、そんな、悪いよ、ぼく一人で大丈夫だし」
「葉山くーん、俺には悪くないのー?」 
「あ、いえ、そんなつもりじゃ………」
 わたわたと困った顔をする葉山を見て、麻生は幸せそうに笑っている。
「うそうそ冗談、ごめんね。葉山くんと俺の仲だもんねー、ってこと。それじゃ、また後でね」
「あ、はい、あの、ありがとうございました」
 ふりふりと手を振って図書室を後にする麻生を、その後ろ姿が見えなくなっても、葉山はぼんやりと見送っていた。麻生がいなくなることを、淋しくでも思っているのだろうか。
 そんな葉山の様子に、麻生が葉山の大切な存在になったのだろうと思えば、体の内がほっとあたたまり、心からよかったと思えた。同時に、かすかな寂しさも覚えたけれど。
 ギイはその背中に、つとめて明るく声をかけた。
「葉山? どうした、ぼーっとしてるぞ」
「あ、うん、ごめん」
 ぱっと振り返った葉山は、もういつもの葉山だった、ギイは笑いながら手を出した。
「それじゃ、どんどん本を寄越していいぞ。麻生さんの代打、するから」













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