恋は桃色
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 先に食事をすませて立ち去ったギイをなんとなく見送っていると、麻生がすこし訝しげに託生に声をかけた。
「葉山くん、どうかした?」
「あ、いえ、すみません。えっと、何ですか?」
 あわてて麻生に向き直ると、麻生は少し首をかしげ、にっこりと微笑んだ。
「んーん、何でも。それで、その数学の課題は大丈夫?」
「え、あ、はい………たぶん、大丈夫です。けど」
「けど?」
「数学、大の苦手なんです」
「俺も! 苦手!」
 麻生はうんうんとうなずいて、同意を示した。
「でも一年生の課題なら、二年前にやったとこだし。わかんなかったら教えてあげれると思うから、いつでも言ってね」
「あ、はい、ありがとうございます」
 親切だけれど踏み込みすぎない、麻生らしいその言葉に、託生は心から微笑んだ。


 いつだったか、麻生は優しい先輩だ───と言ったら、利久は妙な顔をしていた。
「えー、そっか、そうなんだ。でもあのヒト、かなりのマイペースものってウワサだぜ」
 世間の評判がどんなものかというのは、よくわからない。少しは周囲と打ち解けられた今でも、託生は相変わらず情報にうといのだ。
 けれど確かに、言われてみれば、麻生はマイペース、だと思う。現に今回のように、あれよあれよという間に、一緒に出かける約束をさせられていたりする。
 けれど、麻生のマイペースというのは、人を無理やり巻き込むような、強引なそれではない。むしろ、こちらの思うように歩いていたら、知らぬ間にポイントが切り替えられてちがう線路を走っていたような、そんな感覚である。無理やり線路を切り替えるようなことはしないし、丁寧に切り替えてもくれるので、託生としては不快ではなかった。
 麻生が自分を気にかけてくれるのは、ギイと似た理由なのだろうと、託生は思っている。孤立していた託生を、なんとかしてやりたいという気持ちから、近づいてくれたのだろう。
 結局、翌土曜は、麻生と街へ降りた。
 特に予定も決めなかったけれど、普段入らないような店をのぞいたり、くだんのホットドッグを食べたり、更にアイスクリームを食べたり、あれこれしているうちに夕方になっていた。こうして友人とぶらぶらと歩くのも随分久しぶりな気がしたが、自然体でのんびりと過ごせた気がした。きっと麻生が気を使ってくれたからだろう。麻生は面白いものをめざとく見つける才能の持ち主だったし、託生を飽きさせないようにと思ってか、あれやこれやと話をふってくれたのだ。
 麻生は親切だし、一緒にいて、とても居心地がいい。
 それはよくわかっているし、実際託生はそんな麻生が好きなのだけれど───
 寮に帰った二人は、玄関口で前生徒会長の三年生、相楽と行き会った。制服姿の相楽は、こちらを見るなり破顔した。
「お、麻生、と、葉山じゃん、なになに、デート帰り?」
「そー、いいでしょ、うらやましいでしょ」
 託生としては横を通って寮にはいっていく生徒たちの目線が気になったけれど、あっけらかんとした麻生の返事で、何となく和やかにやりすごせた、気がした。
「ほんとうらやましいよ、俺なんか生徒会の引き継ぎで、貴重な土曜の午後がつぶれちまったよ」
「それはお気の毒。でも、かわいい後輩のためだろ?」
「そりゃそうだけど、俺だってデートのほうがもっといいよ」
「ってもね、ギイは無理だと思うよー」
「いや、俺は不可能を可能にする男と………あ、崎!」
 相楽は突然大きな声を出すと、手を大きく振り出した。
 突然飛び出したギイの名前に、こっそり驚いていた託生は、まさにギイその人が登場したことで、二度びっくりした。振り返れば、ギイと数人の一年生が、連れだってこちらに歩いてきていた。
「こんにちは、相楽先輩。相変わらず元気ですね」
「崎ー、聞いてくれよー。人が午後中仕事してたってのに、こいつらデートしてんだよー」
 相楽に指をさされて、皆の視線が託生と麻生とに集中した。あまりしゃべったことのない一年生が、わざと変な笑いをこぼして、託生に話しかける。
「葉山、いつのまに麻生さんとそんな仲に………」
「や、デートとかじゃ、ないよ」
「隠さなくていいっていいって」
 こうしたきわどいからかいは祠堂の年中行事のようなものだけれど、託生はまだまだ慣れなかった。馬鹿正直に反論してしまって、かえってからかいを誘ってしまう。
「あの葉山がなー」
「葉山にも春が来たかー」
「や、あの、違くて」
「ちょっと、君たち。俺の葉山くんをあんまりからかわないでよ」
 ずいと一歩前に出た麻生に、一瞬の沈黙後、どよめきと称賛のまなざしがそそがれた。
「おおー、麻生センパイ、カッコイイっすねー!」
「だろ?」
「意外な一面っすねー」
 矛先がそれてほっと息をつきつつ、託生は早く部屋に戻りたいと感じていた。こうしたからかいはおふざけだとわかっていても、託生にはまだ荷が重い。ことに、今はギイもいるのだ。
 そんな託生の内心を知ってか知らずにか、相楽がたまっていた面々に声を掛けてくれた。
「ほら、そろそろここどかないと、俺ら邪魔になるぞ」
「そうですね、食堂もそろそろ開きますしね」
 真面目な顔で相づちをうつギイに、相楽はげんなりした顔をした。
「崎はほんと、顔に似合わず食いしん坊だな………」
「何ですか、それ」
 三々五々寮に入り、靴を脱ぐ。クラスが同じギイとは下足ロッカーが近いので、自然と一緒になった。しゃがんで靴を取り替えながら、ギイは託生を見上げるようにして聞く。
「葉山たち、結局何してきたんだ?」
「え、えーと、………いろいろ?」
「はは、結局ぶらぶらしてたのか」
「うん。あ、ホットドッグ、食べたよ。おいしかった」
「ふうん」
 ギイは立ち上がりつつ、質問をかさねた。
「で、麻生さんとの下山は面白かった?」
「うん」
「そっか。それは、よかった」
 そう言った、やけに晴れやかなギイの笑顔に、託生の胸はまた少し、騒いだ。













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