恋は桃色
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 文化祭が始まった。
 お祭り好きの祠堂らしく、それぞれに趣向をこらした企画ができあがっており、どこの部屋も盛況であるらしい。ギイたちの出し物もまた、皆の努力のかいがあってか中々凝ったものが出来上がっており、来場者も時間を追うごとに増えてきていた。
「何サボってるんだ、ギイ」
 ベランダを覗き込んだ章三は、段ボール箱に座っているギイを見て呆れた顔をした。ベランダは物置と化しており、校舎の外から見えるようにと装飾が施されてもいるので、狭苦しい場所になっている。けれどその分、周りからは見えないため、隠れるには都合のいい場所にもなっていた。
「なんだかギイの秘密基地にみたいになってるな………それ、相楽先輩のクラスのか」
「ああ、もらったんだ、縁日セット」
 ギイはわたあめとソース煎餅を手に持ったまま、器用にやきそばを食べていた。段ボール箱に腰を掛けて、プラスチック容器にはいったやきそばをうれしそうに食べている様子は、とても祠堂で人気随一の男には見えない。まして、これがあの世界的にも有名なFグループの御曹司だなどとは、到底見えない。章三は思わず、溜め息をついた。
「ギイのこんな様子を見たら、相楽さんも後悔するだろうなあ」
「何でだよ」
「というか、何でこんなところに居るんだ? 随分探させてくれたじゃないか。空き時間だろうから、一緒に他の見学に行こうかと思ってたんだけど」
「それは悪かったな。ちょっと訳があって………」
「ねえ、まだギイ見付からないの?」
 不意に聞こえてきた、トーンの高い声に、二人は思わず視線を見交わした。
 声は、校舎の脇の植え込みの向こうから聞こえてきたらしい。展示場にしている教室は一階なので、ベランダの外はすぐに校舎を取り巻く道となっているのである。二人は装飾の隙間から、そっと外の様子をうかがった。植え込みの向こうには、数人の生徒がやってきて、何やら相談でもしているようだった。
「クラスの方にも居ないし、講堂にも居ないし、どこに行っちゃったんだろう」
「まあまあ、もうちょっと待てよ、高林」
「そうだよ、山下とかが探してくれるからさ」
 男にしては可愛らしい声の主は、高林泉だろう。いらいらと愚痴っている高林を、数人の男子生徒がなだめているらしい。その尽くしぶりから見て、噂の高林の親衛隊というやつだろう。
「高林、それまで俺たちと出店でも見てようぜ」
「もうっ、………ギイとまわりたかったのに」
 高林はなおもぶつぶつ言いながら、親衛隊に連れられて行ってしまった。
 何となく息を詰めて様子をうかがっていたギイと章三は、そろそろよいだろうと互いに顔を見合わせ、つい苦笑した。
「なるほど、ギイは高林から逃げてたってわけか」
「ああ、朝から追いかけられてるんだよ」
「大変だな、お前も」
「ん、半分食うか?」
 ギイは肩を竦めて章三に煎餅を何枚かわたして、自分も一枚齧った。
 高林は、祠堂一の美少女、と評判の同級生で、確かにかわいらしい顔と身長の持ち主ではあったが、わがままを絵に書いたような性格の持ち主でもあった。ことにここは女っ気のない男子校ということもあり、親衛隊まで結成されてちやほやされているので、何でも思いどおりにしようとするし、また大抵それが叶ってしまうのだ。
 そんな高林が目をつけたのが、これまたルックス実力ともに祠堂一だろうと言われているギイだった。高林は自分のかわいらしさをよく知っており、祠堂一かわいい自分に釣りあうのは、祠堂一格好いいギイだ、と思っているらしい。ことあるごとにギイの元に押しかけては、交際をせまってくるのである。いつもそっけない態度であしらっているというのに、一向に諦めてくれない高林に、ギイも流石に辟易していた。
 ギイの見るところ、高林のギイへの興味は明らかにうぬぼれの延長線上にあるもので、ギイに恋をしているのだとは到底思えなかった。そんな相手に、馬鹿正直に対応しようという気にはなれはしない。ギイだって高林が本気であれば、断るにせよきちんと正面から対峙していただろうと思う。
 そう、彼のように───
「あ、葉山」
 タイミングのよさに一人驚きつつ顔をあげると、章三はギイが分けたソース煎餅を齧りながら、再び装飾の向こう側を伺っていた。
 つられて外を覗くと、少し離れた通路に葉山が見えた。丁度誰かに呼び止められたらしく、こちらからは振り返っている後姿しか見えない。
「あれ、伸之か。あ、こっちに来る」
 葉山を呼び止めたのは、クラスメイトの平沢伸之だった。通路を行きかう来場者達を避けて、先ほど高林達が居た辺りにまでやって来たようだ。二人はギイと章三のいる方をしげしげと眺めている。どうやら、クラスの室外装飾を見物に来たらしい。
「ね、ほら。うちのクラスの装飾、こんな外側まで凝ってるんだよ」
「こんなふうになっているなんて、全然知らなかった。ちょっと、すごいよね」
「ほんとにね。級長はじめ、凝り性が多いからねえ」
 半分呆れたような平沢の相槌に、葉山は明るい声をあげて笑っている。
「本当になあ」
 外の二人の会話へとこっそりとつっこんだ章三を、ギイはぎろりと睨んでやった。
「ところで葉山くん、今、暇かい?」
「あ、うん、暇だよ。二時に受付の当番だから、それまでなら大丈夫」
「よかった、俺、今一人で暇してたんだ。よかったら一緒に、外の出店とか、廻ってみない?」
「うん、いいよ。平沢くんは、クラスの方はいいんだっけ?」
「俺は今日はもう済んだから、大丈夫。あ、それとね」
 平沢はさり気無く、先を続ける。
「俺のことは、伸之でいいからね。平沢って隣りの組にも居るからさ」
「あ、うん、そうなんだ、わかった」
 葉山が素直に返事を返し、二人は連れ立って立ち去った。何となくぼんやりと、足元の段ボール箱を見つめてしまう。
 葉山は、平沢なら平気だろうか。それとも。
「ものすごい進歩、だよな」
「え?」
「葉山。随分いい感じになったじゃないか」
 顔を上げると、章三も穏やかな表情でギイを見返してきた。
「ギイと話せるようになってから、友達増えたみたいだし。ギイの級長パワーが効いたのかね」
 ギイはそれには答えずに、手の中に残ったわたあめに視線を落とした。
 本当に、そうなのだろうか。
 章三の言うとおり、葉山の様子は、一見見違えるほどに変ったように見える。何も知らない人間が見れば、以前と比べれば格段に穏やかになって、友人たちとも随分打ち解けたように見えるだろう。けれど、あれは違う、とギイは思った。葉山の本質は、きっと何も変わってはいないのだ。
 つい先日のことを思い出す。文化祭の準備中に、葉山と片倉が相談しているところに顔をだしたことがあった。半ば強引に葉山を準備に関わらせた経緯もあって、ギイは自分の仕事をしながらも、二人の様子にはそれとなく注意を払うようにしていたのだ。思ったよりも手際よく、また几帳面に進められていた仕事に、ちょっと意外な感じを覚えて感心させられながら、何の気なく机の上にあったペンをとろうとした時だった。
 一瞬、何が起きたのかもわからずに唖然とし、自分が今葉山の手に触れてしまったのだと気付いたのは、しばらく経ってからのことだった。ぐっと唇をかみしめて、何かに耐えるような顔をしていた葉山の首筋に、薄く鳥肌がたっているのを見つけて、ギイは内心かなりのショックを覚えていた。
 ほんのわずかな接触だった。たとえば、恋する相手の手に触れたことで緊張してとか驚いて、とかいうのだったらまだわかる。だが葉山は、明らかにギイとの接触に不快感を覚えていた。葉山が接触嫌悪症だというのは、以前から知っていた。けれど、それは知識として知っていただけにすぎなかったのだと、ギイはそれこそ肌身で感じた。
 葉山はギイを好きだと言ったし、応えてもらおうとは思っていないと言っていたけれど、その気持ちはまだうつろっていないだろうと確信できる。葉山の反応や表情は、一旦内面を知ってみればごく素直なものだとすぐにわかる。思っていることが簡単に表面に出てきてしまうのだ。葉山のまなざしは、とまどいを含みながらもギイへの恋心を伝えるには充分な熱を今でも持っていた。
 だが、そのギイが相手であっても、葉山には触れられないのだ。
 そう気づかされて、ギイは葉山の疵の根深さを思い知った。あの接触嫌悪症は、きっと心の疵が元で生まれたものなのだろう。だが、恋する相手にも触れられないような、それは一体どんな疵だというのだろう。
 ギイは自分の傲慢さを反省していた。あの時までは、葉山の殻を壊す手助けをしてやりたいと思っていたし、今章三が言ってくれたように、自分ならばそれが出来ると思っていたのだ。けれど葉山の恋を受け入れられない以上、自分には今以上の手助けは出来やしない。本当の意味で葉山を救うことは、出来ないのだ。そうだとすれば、葉山に今以上近づいたり、内面に踏み込んだりするようなことは、避けるべきだろう。
 恋心にせよ心の疵にせよ、どちらに対しても、中途半端な優しさは、かえって相手を傷つけるに違いないのだから。













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