恋は桃色
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 文化祭が近づいていた。各クラスやクラブの中では、文化祭のための相談が頻繁に行われ、準備のための物資がどこからか調達されてきては、校舎や寮の片隅に着々とつみあげられていく。耳に聞こえてくる普段とはちがう会話や、視界の端に映り込む段ボールや機材やが、校内の雰囲気をなんとなく浮き立ったものにしていった。
 ギイのクラスでも、ある映画にまつわる展示を行うことに決まっており、その準備が少しずつ進められていた。
 祠堂の文化祭においては、一年生のクラスは飲食店の出し物はできないことになっているので、自然と展示形式の出し物になりがちであった。そういった状況では、えてしてなかなか志気があがらずに、結局お茶をにごすようなおざなりな出し物ばかりになってしまうことも多いのだろうが、祠堂では状況がちがっていた。なにしろ祠堂の文化祭では、出し物の人気投票があり、各ジャンルで最も票をあつめた団体には、食堂の特別ランチ券をはじめとした賞品が準備されているのだ。
 しかも、展示形式の出し物では、文化系クラブとは別に、一年生クラスの展示というジャンル枠が設けられているため、一学年六クラスのうち、どこかは必ず入賞できることになっているのだ。だからギイのクラスでも、級長のギイをはじめとして、皆本気で展示の準備に取組んでいた。
「それじゃ、美術班には衣装班と相談してもらうってことで、………」
 各担当班の班長があつまる会議で、ギイは級長としてとりまとめの役をになっていた。
 クラスの出し物は、独特の世界観をもったある映画作品について、教室内にその雰囲気を再現して体験してもらう、という内容である。作品内で重要な舞台となっている部屋の中を再現し、登場人物の恰好をした案内人が寸劇を演じるなど、既にいろいろな提案が出されている。
 最初は地味な展示だと気乗り薄だったクラスメイトも、本年の人気投票賞品についてささやかれだしたまことしやかな噂や、ギイの誘導の甲斐もあってなかなか本格的な内容が打ち出されてきたことで、皆真面目に、かつ楽しんで取組むようになっていた。
「あと、音楽もなんとかしなきゃな」
 美術班の班長の言葉に、隣りに座っていた演劇班班長が首をかしげた。
「音楽って、BGMのこと? サントラのCDが出てたよな。あれでいいんじゃないの?」
「いや、この映画は、音楽も重要な要素になってるわけだろ? クラシックが効果的に使われていて、なのにサントラがあまりに貧弱だって、結構批判されてるって聞いたから」
「そうなのか」
 皆の視線はついつい、章三へと向かってしまう。章三は衣装の担当を引き受けていたが、もともと題材の映画にも詳しいということで、皆から頼られがちであった。
 意見が求められていると受け取り、章三は軽く頷いて口をひらいた。
「ああ、僕もそういう話をきいたことがある。実際、サントラに収録している曲が、映画で使っているのとは違うバージョンだったりもするらしい」
「どうせこだわるんなら、その辺りもきっちり作りたいよなあ」
「じゃ、新しい班をつくるってことで、音楽関係なら、葉山が適任だな」
 ふいに口をはさんだギイに、皆の驚きの視線が集まった。
「葉山、ったって………」
 誰かが思わずといった感じでそうつぶやいたのも、無理はないことだろう。
 この文化祭準備においても、葉山は例によって我関せずといったふうで、にぎやかな準備の輪からはぽつんとはずれていたし、誰も積極的に葉山を輪の中に呼び込もうとはしなかったからだ。
 相棒をちょっとうさんくさい目で見やって、章三が皆を代表するかのように、口をひらいた。
「適任って、ギイ、いい加減なこと言ってないか?」
「や、葉山、クラシック関係なら詳しいぞ」
「そうなのか? よく知ってるな」
 章三は勿論、揶揄のつもりはなかったのだろうが、ギイは相棒が自分におせっかいだと言いたいのだろうなと感じていた。
 ギイが葉山のことを気に掛けすぎだと、章三は日頃から不満に思っているらしく、ギイ本人にそう言ってきたことも一度や二度ではない。葉山本人が助けを求めているのならともかく、ギイが助けてやっても一向に打ち解けようとしない葉山のような相手は、構ってやる必要はないのだと思っているらしい。
 章三は今も眉を寄せて、ギイに反論しようしていた。
「………まあ、葉山のことは知らないけど。どっちにしても、葉山が音楽に詳しいのと、仕事を引き受けるかどうかは、また別の話だろう」
「まあな。でも、ふってみてもいいだろ? それより、他に必要なものがないか、確認していこう」
 肩をすくめてそう答え、ギイは他へと話題を向けることで、葉山についての話を打ち切った。


 夏休み明けの突然の告白以来、葉山は少し変った、と、ギイは思っていた。
 あれ以来葉山は、ギイが話しかければ言葉少なながらも返事を返すようになったし、きびしい表情もやや和らいできたような気がするのだ。
 告白は断ってしまったけれど、あれがきっかけで葉山の中で何かがふっきれたのかもしれない。何にしても、葉山はよい方向へと変ってきているようで、ギイは純粋にそのことををうれしく思っていた。
 出来ればこのまま、ギイ以外のクラスメイト達ともうちとけられるように、手助けしてやりたい。とはいえ、こんなふうに思うのは、葉山の告白にほだされたからというわけではない。章三いわく、ギイは「級長体質」なのだそうで、単に困っているクラスメイトをほうっておけないたちなのだ。
「葉山、いるか?」
 ノックをふたつ、返事を待たずに扉を開く。ルームメイトの片倉利久と談笑していたらしい葉山は、突然登場したギイに驚きの表情を見せていた。かわりに、片倉が人好きのする笑顔で声をかけてくれる。
「あれ、ギイじゃん、めずらしい。入んなよ、ポテチあるぜ」
「ああ、サンキュ。悪いな、邪魔して」
「全然。今、新製品の試食会してたとこなんだよ。ギイも俺に加勢してくれよ。」
 黙ったままの葉山のかわりに、片倉が自分の隣りに座るようにとギイを促してくれた。ギイは腰をおろしつつ、片倉の言葉に興味をひかれて質問した。
「新製品の試食会って?」
「ほら、これ」
 片倉の指し示す先を見ると、ベッドとベッドの間に折りたたみの簡易テーブルが置かれ、ポテトチップの袋が広げられていた。
「こっちがキーマカレー味で、こっちはごま油味。ギイ、試してみて感想聞かせてくれよ」
「へえ。面白いフレーバーだな」
 楽しげな片倉の声につい微笑んで、ふと顔をあげると、ぱちりと葉山と目があった。
「と、利久が買ってきたんだよ、どっちも」
 葉山はなぜか、頬を少し赤くして、言訳がましくそんなふうに言った。
 遠慮無くそれぞれのポテトチップをつまむと、なぜか期待した表情をうかべている片倉に、顔を覗き込まれる。
「なあ、なあ。ギイは、どっちがうまいと思う?」
 ギイはうーんとうなって、考え込んだ。
「難しいな。でも、キーマカレーは、ちょっとくせが強いかな」
「えーっ、そこがいいって思わないか?」
 なぜかがっかり顔の片倉に、葉山が笑う。
「だから言っただろ、ごま油の方がおいしいって」
「そうかなあ、キーマカレーもいけてると思うんだけどなあ」
 ギイはごま油の方がおいしいとまでは言っていないと思ったが、葉山がうれしそうなので、余計な口ははさまないことにした。
 まだ不服そうな片倉をよそに、葉山は笑みを消し、ギイに向きなおった。
「あの、ギイ」
「うん?」
「何か、用事があったんじゃないのかい?」
「………あ。そういやそうだった、忘れるとこだったな」
 葉山の言葉に当初の要件を思いだし、ギイは苦笑いをうかべた。
「クラス出し物のことで、葉山にも協力してほしいんだ」
「協力、」
「ああ。音楽関係のとりまとめを、葉山に頼めないかと思ってさ」
 葉山は真面目な顔でギイの言葉を聞いていたものの、やがてゆるゆると首をふった。
「協力は、いいけど。でも、無理だよ。あの映画、見てないし」
「でもクラシック、詳しいんだろ? あれはクラシックが効果的に使われている映画だから、葉山なら適任だと思ったんだが」
 葉山はどうして自分の趣味を知っているのかと問いかえしたそうだったけれど、口をつぐんだままだった。
「映画は、まだ観てない奴らのために、ビデオの上映会する予定だし」
 ギイの言葉に加勢するように、隣から片倉が明るい声をかける。
「いいじゃん、俺も託生なら適任だと思うよ。託生、よくクラシックのCD、聞いてるもんな。俺まだどこの班も入ってないから、手伝うし」
 そう屈託なく笑う片倉は、しかし託生の反応を気にしている様子だった。
 片倉もまたギイと同じく、葉山がクラスにとけ込むことを願っているのだろう。何しろ片倉は、葉山のルームメイトにして、数少ない友人なのだ。ギイは援軍を得た気分になったが、すぐに援護をしているのは自分なのだと思い直した。きっと片倉は、ギイよりも以前から、そしてギイよりも強く、葉山が皆に打ち解けることを、願っていたのに違いないのだ。
 ギイは葉山の目を覗き込むようにして、力づけるように微笑んだ。
「オレも協力するからさ、頼むよ」
 少したじろいだような葉山の表情を見て、ギイははっとした。だがためらったギイが口をひらくより早く、葉山は頷きを返していた。
「わかった。協力、するよ」
 その後自分の部屋へと帰る廊下で、ギイは自分の言動を思い返していた。
 さっきのは、ずるかっただろうか。
 いくら葉山自身のためを思ってのこととは言え、ギイを好きだと言った葉山に、自分はつけ込んだのではないだろうか。
 そうなのかもしれない。
 けれど、これで葉山もクラスの企画に関わることになったのだし、これからはギイだけではなく、他のクラスメイトとも交流するきっかけが増えるはずだ。結果は、オーライだ、きっと。
 ギイはそう自分に言いきかせ、ひとり頷いた。













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