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「冗談、だろう?」




 信じられないものを見るような目でまじまじと見返されて、僕の決心はぐらぐらと揺らいでいた。
「冗談なんかじゃない」
 かろうじてそう返すと、葉山は黙ったまま、途方に暮れたような顔で僕を見詰めた。
 いとしく思っている相手に、こんな目で見られるのは辛い。
 更に言えば、こんな馬鹿げた話、信じてもらえるとも思えない。こんなくだらないことを主張し続ければ、葉山はどう思うだろうか。精神がイカれたと思われるかもしれない。
 逆に、信じてもらえたとして――ギイを、他にもたくさんのものを失ったことを、葉山が知ったら。僕がそれらを奪ってしまったのだと知ったら、葉山はきっと――
 正直に言って、恐い。恐いし、何も今更本当のことを話して、葉山を混乱させる必要などないような気もする。既に世界はかわってしまったのだ。僕の居た未来の世界は、この世界ではもはや何の意味も持っていない。このリプレイにおいては、既に起こってしまったことだけが真実なのだ。今更あり得たかもしれない世界のことを語ったところで、どうにもならない。だからこのまま、もしかしたらあり得た可能性など、僕の胸の中に仕舞っておけばいいのかもしれない。
 けれど、葉山を好きだからこそ、失いたくないからこそ、すべて伝えておきたいとも思ったのだ。すべてを伝えた上で葉山にこの先のことを選んでもらいたいとか、そういうことじゃない。これはきっと、葉山のためなどではない。
 リプレイヤーは未来を『知っている』ことそれ自体が原罪なのだ。だから、どう行動しようとすべては欺瞞だと――黙っているのも、こうして打ち明けるのも、僕のエゴでしかない――判っているつもりだ。そして僕は、葉山に真実を告げぬままでいることが出来なくなった。葉山に対して、誠実でありたい。たとえそれが自己満足でも、少しでも誠実な部分が多くありたい。僕がリプレイヤーだということを打ち明ける。それが、僕が出した結論だった。
 僕は辛抱強く、葉山の言葉を待った。
「…………えっと、……その……」
 視線をゆるがせて、言葉を探して躊躇う葉山に、僕は結局我慢仕切れなくなった。
「すぐに信じられないのも無理はないけど」
「や、赤池くん……」
 とまどう葉山の表情に、僕は自暴自棄な気分になっていた。
「いいよ、未来の話をしてみせようか? 葉山は音大に進学して、音コンに出たよ。僕は建築学科に進んで……って言っても、すぐに証明できることじゃないよな、うーん……そうだ、来年も、僕と葉山は三年間同じクラスで、来年は3Cに……ってのもまだ先の話か」
 唖然とした表情で僕の言葉を聞いていた葉山は、首を傾げつつ口を開いた。
「あの……さ、じゃあ、来年の階段長って」
「階段長? ああ、ギイに矢倉にそれから、」
「吉沢くんに、野沢くん」
「そうそう………………は!?」
「あの、……もしかして、章三も?」
 …………………………ああ、葉山にそう呼ばれるのは、久々だなあ……。




「本当なのか?」
「本当だよ」
 葉山は真面目な表情でこっくりと頷いた。
 返す言葉を探している僕に、葉山は少し首を傾げて言った。
「ぼく、章三に東野圭吾の本借りたまんまだよね」
「……題名は?」
「『容疑者Xの献身』。直木賞をとった本だよ」
 この世界ではまだ出版されていない、勿論賞など獲ってはいないタイトルだ。
 もう、否定する材料がない。
 僕は大きくため息をついた。
「……信じられない」
「ぼくだって、信じられないよ。まさか、ぼく以外にも同じ状況になってる人がいるなんて、思いもしなかった」
 葉山らしいのんびりさ加減に、僕はまたため息をついた。
「お前なあ……なんで僕も同じようにリプレイしていると思わなかったんだ? かなり歴史を変えてただろう、僕は」
 葉山は困ったように口ごもった。
「だ、だって、前の時とは歴史が違うのかと思ってたから……」
「それにしたって……、三洲は気づいていたぞ」
「お言葉を返すようですが、三洲くんと比べられてはぼくも立つ瀬がありません」
 つんと横を向いてから、はっと気づいたように振り返る。
「……って! まさか三洲くんも回帰してるの?」
 回帰、葉山らしからぬ風雅な語彙だ。
「まあ三洲のことは後だ、後。歴史ったって、僕と三洲の周り以外ではそうかわってなかっただろう」
「だって、ギイも前とは違ったし、だから」
「ギイ? それは……」
 僕はつい口ごもった。
 ギイが葉山に告白しなかったのは、僕が葉山を好きだと知ったせいかもしれないのだ。あのギイに限ってそんなことは――葉山を諦めることなどあり得ないと思いつつ、僕は自分のフライング(かもしれない)に、今でも負い目を感じていた。けれど、自分が葉山からギイを奪ってしまったのだと改めて言葉にするのは勇気が要ることだった。
 葉山は黙ってしまった僕を覗き込むようにして、おずおずと声を掛けた。
「あの、もし気にしてるんだったら、章三がどうとか、そういうことじゃないよ、多分。ぼく、ギイにふられてるから」
「――は!?」
 つい大きな声を出してしまった。
「そんなに、驚くことかい?」
「驚くというか、……どういうことだ?」
「だから、ギイに告白して、ふられたんです」
「いつ」
「回帰して、わりとすぐの頃かな」
 ついつい唖然としてしまっていた僕は我に返ると、淡々と答える葉山の肩を抱き寄せて、その髪に頬をよせた。
「なに?」
「……辛かっただろう?」
「……ありがとう」
 葉山は少し微笑んだようだった。
「でもね、実は、そんなにショックでもなかったんだよ。だって、この世界のギイは僕のギイじゃなかったから。勿論、前の世界のギイにもう会えないと判ったときは、それはすごくショックだったし、しばらくは同じ顔をした違うギイを、見るのも辛かったけど」
 やっぱり、辛かったんじゃないか。
 そう思ったけれど、僕は黙って葉山の頭を撫でていた。
「とにかくだから、歴史は違うものだと思ってたんだよ。だから、章三が……あ」
 葉山はそこで言葉を切って、僕を見上げた。
「ちがうよ」
「何が」
「別に、ギイにふられたから、章三を好きになったってわけじゃないからね」
 葉山はまっすぐに僕の目を見てそう言った。
「もうギイはいなくて。ぼくは、知識や記憶はあるのに、身体は前のままで、嫌悪症が復活しちゃって、適応するのに精一杯で。でもずっと章三が傍に居てくれて、前の章三とはやっぱり違うのに、前の章三みたいで……君はヘテロだってわかってたし、ぼくなんかに好きになられて迷惑かもって思ったけど、君があんまり優しいから、ぼくは」
「……もういい、葉山」
「だって、本当なんだよ、章三…………章三?」











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