裏コイモモ
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「違う」
 間髪を入れずといった感じのその答えに、僕はしばし思考を停止した。
「赤池くん……?」
「は」
 伺うような呼びかけに呪縛を解かれた僕は、まじまじと葉山の顔を見返した。
「違うのか?」
「……や、だって、なんでギイ?」
「……ええと、……今お前、ギイが居なくなったらって」
「? ……ギイは……赤池くんの友人だろう」
 葉山がこの期に及んでギイに対してそんな他人行儀な発言をしたことが、僕には少なからずショックだった。
 しかし考えてみれば……ギイと葉山がただの友人同士に終わっていたら、元々人付き合いに臆病な葉山がギイに対して多かれ少なかれ気後れするということは、充分にあり得たことだったのかもしれない。そして、このリプレイではまさに二人はただの友人同士なのだ……
 いや。
 今、そんなことはどうでもいい。
 つまり、だとしたら葉山は何の話をしているんだ?
 もう一度、今の葉山の言葉を思い返して考えてみる。
 今僕の目の前に居る葉山は、あの六月の葉山と同じような言葉で、同じような不安を僕に告白しているのだ。
 では、何だ? 今、葉山を不安にさせているのは……何だ?
 あの時――リプレイ前の世界において、あの六月。葉山はギイを失うことを恐れていたのではなかったか?
 ギイに対してではないにしても、同じ不安を抱えているのだとしたら?
 葉山はふいに僕をまっすぐに見て、微笑んだ。
「ごめん、やっぱりやめよう、こんな話。ぼくが……ちょっとおかしいんだ、きっと」
「葉山」
「電気、消すよ」
 言いながら既に、サイドボードのスイッチに手を伸ばしている。
 まずい。このきっかけを逃したらもうきっと――葉山からのシグナルを、僕は受け止められない。
「葉山、何が不安だ?」
「…………不安、……」
「お前は何も……誰も、失わないよ。僕が保証する」
「……赤池くんが?」
「信じられないかもしれないけれど」
 なぜなら、僕は未来を見てきたのだから――と言えないもどかしさにぐっとつまる。
 葉山は訝しそうに僕を見つめ――当たり前だ……こんなの無責任なただの言葉遊びに聞こえて当然だ――それからふっと笑った。
「無理だよ、君は……だって」
 なんとか言葉を紡ごうと、頭をフル回転させて言葉を捜している僕に、笑みを消した葉山がぽつりとつぶやいた。
「だって、ぼくは君が好きなんだ、友人としてではなく」




「ごめん、やっぱり気分悪いよね」
 葉山はそう言って少し悲しげに笑った。
「……葉山」
 僕は瞬間に停止していた思考をたぐり寄せるように、ゆっくりとその名を呼ぶ。
 葉山。
 今、何て?
「ごめんね、忘れてくれるかい。ぼくも……」
「……どうして。僕で、いいのか」
「…………え?」
 僕は半分以上無意識の内にふらふらと立ち上がり、葉山の隣に座った。
 震える手をゆっくりと伸ばし、戸惑う葉山の頬に、……触れる、触れた。葉山だ。
「赤池くん……」
「僕で……いいのか」
「君が居なきゃ……もうダメなんだ、ぼくは」
 そう言う葉山の潤んだ黒い眸が今にも泣き出しそうに思えて、僕は夢中で葉山の肩を抱き寄せる。
「葉山……葉山、いいから、僕が居るから、友人でも恋人でも――何でもいいよ、お前の望むように僕は居るから」
「…………赤池くん、同情なんて……ごめん、ぼくのせい、か……」
「同情……?」
 力無く呟く葉山に、なんとか気持ちを伝えたくて言葉を継いだ。
「僕はそんなお人好しに見えるのか? 僕は……僕だって、葉山が好きだ、もうずっと……好きだったんだ」
 葉山はつと身体を離すと、つくづくと僕の顔を見返した。
「嘘」
「……は?」
 何が、嘘だ?
「だって、何で」
「何でって」
「何で、ぼくなんか」
 何故と言われても……そう言えば、何故だった?
 あまりに長い片想いに、何故なんて忘れてしまったし、僕にとってはもうどうでもいいことだ。
「じゃあ聞くけど、葉山はどうして僕を?」
「それは……」
 葉山は後を濁して口を噤み、おずおずと僕の顔を覗きこむ。
「じゃあ、…………………………本当に?」
「本当に。僕は」
 勢いよく頷いた、そこではたと止まる。
 一旦勢いを断ち切られ意識したことで、素に戻ってしまったのだ。先ほどは無我夢中で照れる間もなく口にしたその言葉が、不意にたやすくは出せなくなってしまい、僕は自分の頬が赤らむのが判った。動揺して視線を彷徨わせていると、無心に僕の言葉を待つ葉山が目に入った。
 ばか。今更何を照れてるんだ。
 葉山が僕を好きだと言った(本当に?)、僕を好きになって(信じられない)、そのせいで僕を失うことに怯えていた(そうなのか?)。
 (いや、そうらしい……違う、そうなのだ)
 葉山の言葉はいつも色々足りないし頼りないけれど、でもだからこそ信頼に足るものだと言うことは、僕もよく知っている。
 ならば、どうやら葉山を護ってやることが出来るのだ、この僕が――僕だけが。そして、他の誰にもその役目を渡したくなんかない。そうだろう? だったら、照れてなんかいる場合じゃないだろう?
 三年と少しの片恋が、僕の気後れを叱咤する。
「僕は、葉山が好きだよ。誰よりも」
 まっすぐに葉山の目を見て、はっきりと口にした。
 すると今度は葉山が我に返ったらしく、かあっと頬を染めるとうろうろと目を泳がせ、ちらと僕を見上げて困ったように頭を下げた。
「あ……あの、その、ありがとうございます……」
「……」
「……」
 しばしの沈黙の後つい笑ってしまった僕に、葉山は少しむっとした顔で目を逸らした。
「ごめん、なんだか、……まぬけだ、すごく」
「ああ、……葉山らしいよ」
「何だよ、それ……」
 葉山は僕の肩にそっと頬を寄せ、ため息をつくようにそう呟いた。僕も笑うのをやめて、少し緊張しながらその背中をそっと抱き寄せる。腕の中に収めたその体温に、胸が痛いような幸福感が生まれた……ああ、ほんとに。葉山なんだな。
 僕らは随分長い間そのままで、夜を過ごした。











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