裏コイモモ
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 とはいえ、葉山に僕の気持ちを伝えるためには、どうしたらいいというのだろう?
 これが僕には皆目検討もつかなかった。三洲に指摘されたように、僕の恋愛偏差値は著しく低いのだと思う。まして、男同士だ……一体全体、何をどうすればいいと言うんだ……。なぜか僕の周りにはゲイカップルが多いのだが、彼らは一体、どうやって想いを通じ合わせることが出来たのだろう? などと考えてしまう始末だ。
 もんもんと悩みながらも何の手だても見つけられないままにいた頃、六月に入ってのある日曜のことだった。その日、僕はギイと街に遊びに出ていた。葉山も誘ったのだが、読みたい本があるからとひとり部屋に残った。そんな葉山のことが気にかかっていたこともあって、昼過ぎには僕も祠堂へ戻った。
 部屋に帰るとすぐに、ベッドの上でぼーっとしている葉山が目に入った。本を手にしているようだけれど、まじめに読んでいたような様子はない。
「葉山、速達来てたぞ」
「……ああ、ありがとう」
 葉山は僕が差し出した封筒を受け取ると、差出人すら確認せずにそのまま机に置いた。
 あんまりぼんやりしている葉山にただごとではないものを感じ、僕は少し心配になりはじめた。
「昼飯食ったのか?」
「……食べてない」
「ほら、行くぞ」
「? 赤池くん、麓で食べてきたんじゃないの?」
「付き合うよ」
「や、いいよ……食欲あんまりないし」
 そういう葉山は心なしか顔色も冴えず、僕はますます不安になる。
「具合でも悪いのか?」
 葉山は僕の視線から逃げるように、視線を泳がせた。
「あ……ううん、大丈夫。そうじゃないんだ。やっぱり食堂行ってくる」
「付き合うって」
「いいよ、悪いから」
 そう言い残すと、葉山は後も見ずに部屋を出て行ってしまった。つい引き留めそびれた僕は、ぼんやりと葉山の後ろ姿が消えた扉を眺めていた。
 葉山は僕と一度も目を合わせなかったな、と気づいたのは、しばらくしてからのことだった。




 葉山に避けられている、かもしれない。
 あの日曜からこっち、微妙な線で避けられている気がする。
 会話も普通にするし、何かの拍子に身体に触れても特に拒絶反応はない。
 ただ、二人で部屋に居ればふいとどこかへ居なくなってしまうし、食事も特に夕食などは別にとることが多くなった。気のせいではない。
 三洲に相談してみようかとも思ったが、やめた。三洲の真意は正直いまだに量りかねているのだが、もし本当に三洲が葉山を狙っているのだとしたら、敵に弱点を知らせるようなことになりかねない。それに、あの葉山にしてはうまく人目をごまかしていて、誰も葉山が僕を避けていることには気づいていないようだったのだ。
 そして、葉山が僕を避け始めたのと機を同じくして、葉山の睡眠障害もひどくなっているようだった。三洲が言っていた、あの症状だ。原因は判らない――いずれにしても僕に関係があることだとは思われなかったが、それでも葉山が何かに悩んでいるらしいのは明白だった。
 こうなっては、最早葉山に告白云々どころの話ではなかった。
 自分のことなど、後でいい。葉山が何かに悩んでいるというのなら、何よりもまずそれを解決してやりたい。
 だが――、葉山に避けられているような僕なんて、果たして葉山に必要とされているのだろうか?




 土曜日、やはり午後を葉山とは別行動で過ごして夕食も別にとり、消灯間際にやっと部屋に戻ると、葉山はぼんやりと椅子に座って机に向かっていた。
 こちらから見える範囲で確認したところでは、葉山が見るともなしに見つめているのは机上に置いてある封筒らしかった。いつだかの速達郵便に見えたけれど、確かではない。
 葉山はふと気づいたように顔をあげ、こちらに振り向いた。
「おかえり」
「どうした? 具合でも悪いのか?」
「ん? ううん、何でもないよ」
 僕はそれ以上は深追いせずに、矛先を変えた。
「風呂は使った?」
「うん」
 確かに葉山は既にパジャマに着替えていたので、僕は会話を打ち切ってバスルームに向かった。
 葉山の様子が気になって仕方なくて、手早く身体を洗って風呂をあがると、葉山は今度はベッドの縁に腰掛けてぼんやりとしていた。僕は葉山の横に立って、上から見下ろすような恰好で声を掛けた。
「葉山」
 葉山ははっと気づいたように顔を上げた。
「あ、ごめん。もう電気消す?」
「いや――どうした?」
「え?」
「何か、悩んでるんだろ」
「赤池くん……」
 久しぶりにまっすぐに合った目線が、またすぐに外される。僕は少し苛立った。
「僕には話せないことか?」
「や……そうじゃ、ないんだ。ただ……」
 葉山は逡巡して、視線を彷徨わせ再び口をつぐんだ。
 僕は自分のベッドに座って、葉山を正面から見据える位置をとった。
「無理に話さなくてもいいぞ」
「ん……」
 葉山は生返事をしつつ、やはり僕と目をあわせずにゆっくり口を開いた。
「赤池くん、聞いてもいい?」
「何だ?」
「絶対に失いたくない友人って、居る?」
 どこかで聞いたような質問だなと思いながら、僕は答えを探してしばし考えた。
 葉山の問いかけですぐに、ギイのことを連想していたからだ。昔も今もギイは変わらずに僕の大事な友人だが、リプレイを始めてからの僕はギイを失いたくないと思いながらも、それ以上にギイに嘘はつきたくないと考えていた。だから、そのままを言葉にする。
「居るけど、相手に嘘をついたりごまかしてまで友人で居たいとは思わないな」
 自分の言葉で、そう言えば以前にも同じようなやりとりを葉山としたんだったなと思い返す。葉山の表情を伺うと、またふらふらと視線を彷徨わせながら、言葉を探しているらしかった。
「じゃ、……たとえば、……ごまかさずに、本当のことを、伝えて……それで、たとえばギイが……居なくなっても……平気? ギイを失っても、生きていける?」
「おい葉山、何を言ってるんだ」
 僕は嫌な予感がしはじめていた。このやりとりには確かに過去にもあった。葉山の不安げな表情に、ちくりと胸が痛む――そんなことって、あるか?
 僕は殊更軽い調子で、先を促す。
「友人のあるなしが生死を分けるほどのことか? 具体的に言えよ……片倉の話か?」
「違う、利久じゃなくて」
 やっぱり、とこっそりため息をつく。
 やっぱりというか、葉山を悩ませているのはギイのことなのだろう。
 このリプレイにおいても、葉山はやっぱりギイを好きになったのだろう。そして、想いを告げれば友人としてのギイまでもを失うかもしれないと恐れて、不安になっているのだ、きっと。
 だとすれば、僕がここのところ避けられていたことにも合点がいく。おそらく葉山の中で、僕を一番親しい人間の位置に置けなくなってしまったということなのだろう。
 ああ――この二人の絆は、なんて強いことだろう。きっと何度リプレイしようと、僕の割り込む隙など存在しないのだ。
 僕はあきらめを伴った判決を促す罪人の気分で、その言葉を口にした。
「ギイだな?」











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