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 互いにリプレイヤーであると判ってから、三洲と過ごす時間が少しずつ増えていった。この世界でたった二人きりのリプレイヤーであるということが僕たちの関係を気安いものにしていったのは、当然の流れだったのだろうと思う。
 三洲と僕は色々な話をする。過去のことについて、現在のことについて、そして僕たちに起こっているリプレイについて。




「赤池、河童って行ったことある?」
 中間考査も済んで五月も終わりに近づいた、気持ちのよい放課後だ。
 三洲は、屋上を取り囲むフェンスに寄りかかって空に向かって伸びをした。リプレイヤー同士の会話は人に聴かれぬように配慮して屋上でというのが、僕らの暗黙の了解になっていた。
「河童? 麓のラーメン屋の? ……あ、そういえば、もしかしてそろそろ閉店だっけか」
「うん。あれ、そろそろだったよな」
 リプレイ前の世界において、その人気ラーメン店の突然の閉店には、多くの祠堂生が本気で嘆息したものだった。勿論、僕も例外ではなかった。
「閉店の前に、葉山も連れて行っておくかな。三洲も行かないか?」
「いいよ。デートと重ならなければ、付き合う」
 さらりと返された答えに、一瞬言葉につまった。
「三洲、今誰かと付き合ってるのか?」
「何? フリーだったら赤池が彼氏になってくれるの?」
「それで、三洲に遊ばれてポイされるのか、僕は……じゃなくて、デートって」
 僕はそこで言葉を切って、ふと思いだした名前を口にした。
「もしかして相楽先輩とか? 相楽先輩、今はまだ日本に居るんだよな?」
 リプレイ前の世界では三洲があっさりと袖にした相楽先輩だけれども、三洲だって相楽先輩のことは憎からず思っていたはずだ……と、思う。真行寺がいなければあり得たかもしれないカップルではないだろうか、とつい思ってしまうのだ。
「ああ、相楽さんはまだだよ」
 ……まだ、って何だ。
 三洲はフェンスに上半身を預けたまま、思わずしかめてしまった僕の顔を覗き込んだ。
「今付き合っている人はね、この後彼氏が出来て、それを一年生に横取りされる予定の、階段長」
「…………………………」
「どうせそいつに将来フラれちゃうんだったら、最初から俺と付き合っておいて、卒業で自然消滅した方がまだハッピーだろ?」
 僕は自分の好奇心を大いに後悔した。詮索すべきではなかったようだ……僕自身のために。
 三洲は満足そうにふっと笑ってから、ふいにまじめな顔で僕を見上げた。
「俺のことはどうでもいいよ。そっちはどうなんだ?」
「何が」
「葉山のこと」
「どうもこうも、ないよ」
 ついつい口調が荒くなって、僕はふいと目を逸らした。
 実際、同室になったからと言って、何がどう変わるわけもなかった。今まで以上に葉山と過ごす時間は増えたものの、共に過ごす時間の長さは友人としての仲を深めるだけで、それ以上の何をもたらす物でもない――そんな当たり前のこと、以前の僕は知っていたはずなのにな。同室になったというだけで何かが変わる気になってしまっていたということに、最近やっと気がついたのだ。
 三洲は不思議そうに小首を傾げ、話題を変えた。
「葉山、授業中の居眠りが増えてる。あれ、寝不足だろう」
「え?」
 思いがけない言葉にぎょっとして、三洲の顔をまじまじと見返した。
 居眠り? 寝不足? ――本当に?
「気づいてなかっただろ、赤池。なぜか梅雨が近くなると眠りが浅いみたいだな、葉山は。特に一年の頃と、二年の一時期はひどかったみたいだ……ってのは、後から判ったんだけどさ。同室になってから、ああそういう事情だったのか、って思いだしてね」
 黙ったままの僕に、三洲はいわくありげな笑みを見せた。
「知らなかったのか? 俺は葉山のこと、見てたんだよ。同室になるよりずっと前からね」
 そんなことは、気づいてた。だが、それを今わざわざ僕に言うってのは、三洲、
「何が言いたいんだ?」
「葉山から逃げてる現ルームメイトより、俺の方が葉山の役に立つかもね、ってこと」
「逃げてる? 僕が?」
「赤池、俺と居るのは楽だからだろう」
「……それは、否定しないよ。でも」
「でもじゃなくって、葉山が恐いんだ。赤池、本命に告白したことないからさ」
 思いがけないその言葉に、つい黙してしまう。
 確かに三洲の言うとおりで、僕は本気の恋愛など葉山が初めてだし、だからきちんと気持ちを伝えようとしたことなどない。葉山との関係が変わらないのは、僕が臆病だからなのか?
 三洲は黙ったままの僕をつくづくと眺め、軽くため息をついた。
「言っておくけど、こうやって赤池をいじめてるのは、はっぱを掛けてるってことじゃないんだよ? 葉山には笑っててほしいだけ」
「へえ……、……随分本気なんだな、葉山に」
「ちゃかしてないでまじめに考えろよ? はっきり言って、『崎と同室になる以前の葉山』については赤池よりも理解していると思う。知らないよ? 俺に取られちゃっても」
 挑戦的に微笑みながらそんなことを言うと、三洲はふっと目を逸らし笑みを消した。
「二度目だけど、これも一度きりの人生なんだからな」
 そういい残して、三洲は一度も僕と目を合わせないままに立ち去った。




「赤池くん、お帰り」
 三洲の言葉を反芻しながら部屋に戻った僕は、出迎えてくれたその明るい声で現実に引き戻された。
「……あれ? 図書委員はどうした?」
 葉山は椅子に掛けたまま体ごとこちらを向いて、首を傾げた(これが質問への返答を考える際の葉山の癖らしいと気づいたのは、大学も二年目になってからの頃だった)。
「委員、先週田島くんに替わった分を、今日替わってもらったんだ」
「それなら言えば良かったのに」
「うん、そうなったの放課後だったし、赤池くん居なかったし……どこ行ってたの?」
「三洲とコーヒー飲んでた」
 葉山はまたちょっと首を傾げて、軽く笑った。
「ふうん? 仲いいよね、二人」
 僕は言葉につまった。そんな風に葉山に言われるなんて……やはり葉山から逃げていたのだろうか、僕は。
「どうしたの?」
「や、別に……お、偉いな、予習中か」
「偉くない。ぜんっぜんわかんないんだ」
「……どこ?」
「この問題。どうしても計算が合わない」
 葉山はちょっと頬をふくらませながら、ノートに連ねた計算を僕に示した。
 葉山どうせ数学は要らないだろ、とつい心の中だけで思ってすぐにそれも打ち消した。
 音大受験には数学は必要ないけれど、このリプレイにおいて葉山が音大を目指すのかどうかはまだ判らない。それになにより目先の進級に、そして高校生としての生活には、受験科目かどうかにかかわらず必須学科の学習は必要なのだ――なんて、リプレイ前の世界での高校生の時には、こんな殊勝なこと考えもしなかったけれど、今ではそう思うのだ。
 二度目だけど、一度きりの人生か。
 三洲の言葉をまた反芻する。
 なら、僕はどうすればいい?――まだわからないけれど、
「どれ、貸してみろ」
 とりあえずは、高校数学なんて、現役理系大学生の僕に任せておけ。











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