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「赤池、ちょっといいか?」
 葉山が図書委員の当番で居ない放課後、級友と雑談しているところへ、三洲から声がかかった。立ち上がって三洲の席まで歩いていくと、すっとコピーの冊子を差し出される。
「何だ?」
「風紀委員に、これ。校則改正案なんだけど、内容がマルヒだから。部数確認のために、二年の委員には俺から手渡しってことで」
 三洲から冊子を受け取って、ぱらぱらめくってみた。確かに、リプレイ前の世界でも見た覚えがある。
「わざわざ役員が委員に配って回っているのか? 大変だな、生徒会は」
「ま、ね。まだ俺らはマシな方だよ。広田会長なんか、もっと忙しいんだし」
 そうだな、来年のお前はその広田会長に輪をかけた忙しさを体験するんだもんな。
 と、心の中だけでそう思ってみる。
「これからまた仕事なんだけど、その前にコーヒーでも飲もうかと思ってさ。赤池、ちょっと付き合わない?」
「……構わないが」
 何故僕を? と思いつつ、断る理由も特に見付からなかった。




 三洲が選んだ場所は、校舎の屋上だった。学生ホールへ行かないのは、すぐに生徒会室に戻るために……なのだろうか。副会長の時から既に気苦労の耐えない男だったんだな、三洲は。
 柵に凭れつつ、途中の自販機で買ってきたコーヒーのプルタブをあげて、二人ともしばし無言で飲んだ。
「赤池に聴きたいことがあってさ」
「何だ?」
 葉山のことだろうか、とつい身構える。入寮日以来、三洲が妙に葉山に親しげに接している気がしてならないのだ。
「久々に映画館にでも行こうかなと思ってるんだけど、赤池映画に詳しいって聴いたから、何かオススメがあったら聴きたいと思って」
 何だそんなことか、と誘われた理由が判ってほっと息をついた。だが、映画か。
「それはつまり、今麓でやってる映画ってことだよな……うーん、何か面白いのあったかな」
「今『wataridori』やってるよな、あれ観た?」
「ああ、見たよ」
 前回の人生でね。
「俺まだ観てないんだ。『皇帝ペンギン』が結構よかったから、気になっててさ」
「ああ、それなら『wataridori』も気に入るかもな」
「赤池は両方見た?」
「ああ、一応……」
 ……って、あれ?
「でも、『皇帝ペンギン』はまだ製作されていないよな、赤池」
「……そうだな」
 訳が判らなくなっている僕に、三洲はにっこりと笑いかけた。
「赤池、これ『二度目』だろ」
 すぐには三洲の言葉が理解できず、僕は返答も出来ずにただ三洲の顔を見詰めていた。




「赤池、変だと思ってたんだ。いきなり葉山にちょっかい出しはじめるし。小さな歴史の誤差は他にもいろいろあったけど、赤池の行動にはやっぱり一番驚いたから。もしかして、時間が戻る前から惚れてた?」
「……でも、卒業してからだぞ」
「へえ、何にしても、よく崎を出し抜いたな。見直したよ」
「相変わらずだな、三洲……」
 飲み終わった缶を足元に置きながら、三洲は不敵に笑ってみせた。ああ、三洲のこんな表情も、そう言えば久々に見る気がする。リプレイの開始からこっち、友達づきあいはしてはいても、三洲は僕にも穏やかな顔しか見せてはいなかったから。
 自分以外にもリプレイをしている人間がいるかもしれないということは、何度か考えたことだったのだが、まさか本当に出会えるとは思ってもみなかった。しかもそれが、三洲だったなんて。
「グリムウッドの傑作『リプレイ』は知ってるか?」
「自分がリプレイしはじめてから読んだよ」
「『リプレイ』のジェフは何十年も過去を遡るからいろいろな変革を起こせるけれど、俺達みたいにたった五年戻っただけじゃ、社会変革を起こすなんて出来るわけないし、株で一儲けってのもあんまり有効じゃないよな。何しろ今の俺達はまだ高校生で、資金も少ない。つまりジェフみたいに大きなことは無理ってわけだ」
「そうだな、たった五年をリプレイしている俺たちに出来るのはせいぜい、自分の身の回りの流れを変えることくらいだな」
「で、赤池は葉山を口説いてるってわけだもんな」
 三洲のからかうような言い方に少しむっとしたが、そう言えば。そういう三洲は、何をするつもりなんだ?
「三洲は……」
 問いかけてから、躊躇した。運命をどう変えるつもりなのか、と問うのは、プライベートに切り込むことだ。リプレイヤーだと明かしたからって、三洲が僕に内面を明かす義理はない。
 三洲は躊躇う僕を見て、いたずらっぽく笑った。
「遠慮するなよ、赤池。たった二人きりの仲間だろ?」
「三洲」
「赤池の聞きたいことは判ってるよ、何を変えようとしているのかってことだろ。俺の場合は、赤池の反対」
 反対? ……ああ、そうか。
 僕らはまだ二年になったばかりで、彼もまた入学したばかりだったから、気づかなかった。
「真行寺か」
 三洲は瞬きをして自嘲気味に笑うと、軽く頷いた。
「……赤池相手に今更ごまかしてもかわい気ないよな。そうだよ、あいつのことだ。このリプレイでは、俺はあいつに一切関わらずに生きる。今までも、勿論これからもね」
「……どうして」
「俺はそう長くは生きられないって判っているからさ」
 僕も全く知らなかったことなのだが(僕だけではなく、おそらく誰にも知らせていなかったのだろう、そういう奴だ)三洲はリプレイ前の世界での高校卒業後に、難治性の心臓の病気が見付かったということだった。発作を繰返すようになって、大学三年目の秋――僕の事故と丁度同じ頃、おそらく最後となったのだろう大きな発作を起こして、リプレイを開始したらしい。
 その少し前、発作の頻度や程度が急激に増し始めた夏頃に、真行寺に別れを告げたのだと三洲は言った。
「リプレイする前の世界では、結局、理由も告げずにやつをふって……傷つけたと思う」
「病気のことは、話さなかったのか」
「ああ……真行寺の性格は知ってるだろ? 病気なんかが理由で別れるのを納得するようなやつじゃあないし、でもコイビトに先立たれてすぐにふっ切れるようなたちでもないんだよ。馬鹿なやつだから、俺が死ぬまで離れずに看病してみたりして、へたをすると一生引きずりかねない」
 それは確かに、大いに考えられることだ。真行寺にはリプレイ前の世界での高校卒業以来会ってはいないけれど、あの性格はそう変わってはいなかったのだろうと思えた。
 三洲は自嘲気味に笑って、先を続ける。
「どうせそんな別れがあると最初から判っているんだから、だったら最初から関わらなければ、その方がいいだろ? 数年後に居なくなると判っている俺のために、時間を無駄にする必要はないんだよ……俺に振り回されてさ。あいつだったら、ゲイのまねごとなんかしないでかわいい女の子と青春して、楽しく生きていける」
 あいつは中身はオコサマだが、顔だけは人並み以上だからな、と三洲は鼻で笑った。
「だから、このリプレイでは俺はあいつと個人的な関係をつくらない。例え他の誰を犠牲にしてでも、ね」
「犠牲……?」
 ギイと葉山の仲を裂いた僕じゃあるまいし。
「別に三洲は、誰に迷惑をかけているわけでもないだろう?」
「……俺はそんなに強くないんだよ、赤池。一人きりであと何年も耐えられそうもないんだ……折々の彼氏をつくって、多分今度は、もっと大人っぽく上手く遊ぶよ」
 そう自嘲する三洲の表情は、16、7歳の高校生のそれとは思えなかった。良くも悪くも、既に何かを知ってしまった顔だ。三洲の言葉はあるいは虚勢かもしれない。だって、つまりこいつはそんなことを考えてしまうほどに、――真行寺のことが好きなのだ。けれどたとえ虚勢であれ、三洲は本気だ。そう感じた。
 三洲はふっと穏やかな笑みを見せた。
「軽蔑したか?」
「しないよ」
 僕は即答してやった。
「どんな選択も誰かを傷つけるってことは、僕も判ってるつもりだよ。同じリプレイヤーとしてね」
「…………」
 三洲からの返事がなかったのは、眼下の校舎前の歩道に小さな人影を認めたからだろう。
 背の高いその一年生は、友人らと楽しそうに談笑しながら剣道部の方へと向かって歩いて行った。











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