ひらひらと舞い散る白い桜を受けながら入寮に向かう生徒の流れの中に、捜すともなしに葉山を捜してしまう。
歴史が変わっていなければ、また同じクラスにはなれるはずなんだが……だが、そうすると葉山はギイと同室ということになる。というか、リプレイ前の世界での今日は、とんでもない事件だらけの日だったんだ……果たして何が起こるのだろうか。こんな奇妙な心配をして春を迎えたのは、当たり前だけどリプレイヤーである僕くらいのものだろう。
人だかりの中から、僕を呼ぶ声が聴こえた。
「赤池くん、おはよう」
ふわりと笑ってこちらに駆けてくる……ああ、くそ。そんな顔で、そんな一途に走ってこられたら、抱きしめたくなるだろうが。
僕は精一杯の努力で友人の顔を取り繕って、挨拶を返す。
「よ、葉山」
「元気だった?」
「この前会っただろうが」
「ふふ、その節はお邪魔しました」
「いえいえ、お構いもしませんで」
「ところでぼくたち、同室だよ」
「え? 本当に?」
嘘を言ってどうするのさ、と笑いながら葉山は掲示板へと僕を誘った。
クラス分けから確認すると、やはり葉山と僕はD組だった。
「ギイ、Cなんだ」
「うん、離れちゃったね」
「淋しいか?」
「淋しいのは赤池くんだろう?」
笑ってそう返すと、利久も違うクラスなんだよ、と少し残念そうにつぶやいた。
Dの名簿を見ていると、……驚いた、三洲がいる。リプレイ前の世界での二年時には、ギイが僕らと同じDで、三洲がCだったはずだ。どうなっているんだ、全く。
寮に着くまでにも結局、高林も山下も現れなかった。ギイと葉山との関係がリプレイ前の世界と比べてこれだけ変わっているのだから、当然と言えば当然の結果だったのかもしれない。葉山と二人で305号室の扉を開き、見慣れた間取りに少しドキリとした。前回はこの部屋に初めて立ち入ったのは、ギイに頼まれて葉山の様子を見に来た折だったな。
葉山はバッグを下ろすと、窓を開けた。まだ冷たい風が入り込み、葉山は肩をすくめる。
「うわ、さっむい。でもしばらく開けた方がいいよね?」
「ああ、換気しないとな。何かはおっておけよ、寒がり」
「赤池くんこそ、新学期早々風邪引いたりしないでくれよ」
葉山は笑い返しながら荷物にとって返し、バッグをとった。
「赤池くん、ベッドどっちがいい?」
「僕はどっちでもいいよ。葉山は?」
「左側、がいいかな。去年も、そうだったから。あ、でも赤池くんも左だったよね」
確かに去年はそうだったのだが、リプレイ前の世界では右側を使っていたこともあるのだ。
「僕は気にしないほうだから。右側を使うよ」
「そう、ありがとう」
葉山は早速バッグを開けて、左側のベッドに中身を出し始めた。
「ついでに着替えちゃおうかな、制服」
何でもないように言われ、つい動揺する。
……そうだ、同室ということは、これから毎日葉山の着替えを目の当たりにすることに……なるのだ……。
僕はなるべく葉山の方を見ないようにしながら、自分の荷物の整理に取り掛かった。
「赤池、隣いい?」
「ああ三洲、久しぶりだな。勿論構わないよ、座れよ」
食堂で早めの夕食をとっている葉山と僕の横に、三洲がやってきた。他にもまだまだ空席はあるのだから、わざわざ僕たちのところを選んで来たのだろう。正直、これはちょっと意外なことだった。リプレイ前の世界でも今のリプレイでも、この時期の三洲と僕はそれほど親しいわけではなかったし、ましてや葉山と三洲なんて、おそらく挨拶をしたことすらなかったはずだ。
三洲は僕の隣に座ると、食事に手をつける前に葉山に顔を向けた。
「葉山、初めてだっけ」
「そうだね。でも三洲くんのことは、知ってたよ」
「俺も葉山のことは知ってるよ」
なぜ自分なんかを? と、驚いたような表情をする葉山に、三洲は隙のない柔和な笑顔を返し、話題を変えた。
「それはそうと、二人とも同じクラスだな」
「そうみたいだな。一年間、宜しくな」
「こちらこそ」
返事を返した僕ににっこり微笑むと、三洲は僕の前に座っている葉山に再び顔を向けた。
「葉山もね」
「あ、うん、宜しくね、三洲くん」
葉山は少しぎこちなく笑い返した。無理もない、人間接触嫌悪症が治ってきているとは言え、葉山は元々人見知りなたちだ。初対面の人間と打ち解けるには大抵時間がかかるらしい。
僕はあまり気にせずに、食事をはじめた三洲に話をふることにした。
「級長は決まったのかな」
「さあ、知らないけど。担任が決めたんじゃないかな」
「三洲はどうだ? やる気はないのか?」
「俺は今期も生徒会だから、評議会には入れないよ」
そっけなく返されて、まあ級長なんて気にしているのは僕くらいのものだろうなと思い返した。だって、このリプレイでの僕たちのクラスにはギイがいないのだ。誰が級長をやるのか、気になるではないか。
「赤池は? っても、風紀の方で欲しがられてるか」
「買い被りだよ」
「謙遜するな、柴田先輩は赤池のこと随分買ってるよ。じゃあ、級長には葉山だな」
「は?」
突然名前を出された葉山は驚いて顔を上げた。勿論、三洲の突然の指名には僕も充分に驚いた。
「葉山、案外向いてるんじゃない? そういうの」
「まさか、無理だよ」
「級長なんて、要するに雑用係みたいなところがあるからな。葉山は事務仕事なんか、結構そつなくこなしそうだ」
突然の提案にも驚いたけれど、その的確な葉山評にはもっと驚いた。さっきも「葉山のことは知ってた」なんて意味深な発言をしていたが、これは一体どういう展開なのだろう……しかし……そう言えばリプレイ前の世界でも、三年で同室になったばかりの葉山に対してやけに親切だったよな、三洲は。嫌悪症の復活もすぐに見抜いていたようだし、ということは、一年の頃から葉山を見ていたってことになる。
……なんだ、これは? どういう符丁だ? 真行寺はどうしたんだ? ……あ、まだ入学してないのか、入学式は明日だ。
混乱する僕をよそに、葉山は真面目な顔で三洲を見返した。
「雑用係はいいけれど、みんなをまとめたりは出来ないよ」
「そう? じゃ、一歩ゆずって、副級長あたりでどう?」
「そんな……もう、ぼくなんかを買い被りすぎだってば、三洲くん」
葉山は苦笑し、三洲もいつもの柔和な――いや、いつも以上に穏やかな優しい笑顔でそれを受ける。
もやもやとした気持ちを抱えつつ、僕は黙ったままカレーにスプーンをつっこんだ。
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