裏コイモモ
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「こんなところで何してるんだ、葉山」
「……あ」
「日向ぼっこ? ここ、よく陽があたるんだな」
 片倉の部活中を狙って捜しに来てみると、葉山は雑木林の一角に座り込んで文庫本を開いていた。人一人分の間隔を開けて、隣に座る。
 葉山の戸惑っている様子が手に取るように判って、僕は顔に出さずにこっそり微笑んだ。
「何か、ぼくに用なのかい?」
「僕も日向ぼっこしようかと思ってさ」
 葉山の困惑ぶりは手に取るように判ったけれど、それにひるまず僕はわざと暢気な声で話しかける。
「あーほんとあったかいな、ここは。やっぱりあったかい場所を探すには、葉山を捜すのが一番だな。猫みたいなもんだな、寒がりだから、あったかい場所を一番よく知ってる」
「ぼくが? どうして」
「葉山、寒いの苦手だろ」
 葉山は驚いたような表情で僕を見た。
「どうして知ってるんだい」
「静岡出身だろ、葉山。南国出身者には、山奥祠堂の寒さはキツイよなあ」
「南国……」
 葉山は困ったような顔をした。笑っていいのかどうか迷っているのだろう。
「ジョークだよ」
 ますます困った顔をしている……のが、とてもかわいい。あー、くそ。
 それで拍子抜けしたのか、それから僕が半強制的に仕掛ける雑談に、葉山は言葉少なながらも応じてくれた。
「そういえばさ、生徒会のやつから聴いた特ダネ」
「うん?」
「夏にさ、音楽鑑賞会あるだろ? 来年は結構な有名人を呼ぶとかで、今から交渉してるらしいんだが、誰だと思う?」
「有名人? クラシックの演奏家ってことだよね。誰だろ、まさか井上佐智とか」
「お、正解。葉山も鋭いな」
「…………嘘」
 初めてまっすぐに僕の目を見た、そのまなざしの強さに一瞬怯んだ。それに気づいたのかどうか、葉山はすぐに目を逸らして言葉を継いだ。
「えっと、だって、まさか? こんな高校の一イベントに? 彼が?」
 喜びよりも戸惑いの色濃い表情に、この話題を嘘ではじめたことがちくりと胸を刺した。実際、今の生徒会がどう活動しているのかなんて知りはしない。リプレイ前の記憶と葉山の疎さに頼っての、他愛ない盛り上げ材料のつもりだったのだ。そんな自分が急に疎ましく思えて、僕も葉山からふいと目を逸らした。
「まあ、まだ交渉中、って段階らしいけどな。だから他言無用だぞ」
「そ……そう、だよね、きっと難しいよね、学校行事に井上佐智なんて……でも」
 葉山はそこで少し言葉を切り、僕は再び葉山に目を戻した。
「本当に来てくれたら、いいなあ」
 ふっと微笑むその表情に、また少し胸が痛む。けれど今更後戻りは出来ない。それに、僕がずるいと言うのなら、リプレイをしているということがすでに欺瞞なのではないだろうか?
「でも井上佐智を知ってるなんて葉山、詳しいんだな。クラシック好きなんだ?」
「それは、だって。有名だよ、井上佐智は」
「でも高校生が誰でも知っているような有名人ではないよ」
「そうかな」
「結構聴くのか?」
「う、うん、それなりに、かな」
「井上佐智が好き?」
「うん、最近出た近代フランスの作曲家のコンピレーションとか、すごくいいよ」
「ああ、ラヴェルの『ツィガーヌ』とか、かっこいいよな」
「聴いたことあるの?」
 葉山にCDを借りた。リプレイ前に。
 流石に音楽の話となると、葉山も楽しそうに答えてくれる。それがうれしくて僕も、高校を卒業してから得たクラシックの知識で話をつなぐ。こんなふうに会話を楽しんでいる葉山を久しぶりに見て、僕は心の底からうれしかった。そして、大学生の葉山と過ごしていたあの頃を思い出して、懐かしくもなった。葉山と音楽の話がしたくて卒業後クラシックを聴きはじめた僕は、葉山本人に色々教えてもらいながら、CDを借りたり演奏会に付き合ったりして、不純な動機ながらも大分クラシック音楽に親しむようになっていた。こうして葉山と好きな演奏や好きな曲について語り合っていると、まるであの時間に戻ったような(いや、大学時代のことなのだから、時間的には未来のことになるのだが)感じがして、少しせつなかった。
 会話の切れ目にふっと息をついた葉山は、僕には懐かしい顔で笑った。
「赤池くんも、詳しいんだね、クラシック」
「うん、友達にクラシック好きなやつがいてさ。その影響で僕もいろいろ聴いてたから」
「そうなんだ」
 まさかその「友達」が自分だとは思いもしない葉山は、納得したように頷いた。




 いつの間にか日が傾き始めていた。
 日のあたっている場所が次第に小さくなって、半身が日陰に入った辺りで葉山が身体を震わせた。
「日がかげってきたな……葉山、寒くないか?」
「……そうだね、うん、少し」
「風邪ひかないうちに部屋に戻ったほうがいいぞ。帰ろう、葉山」
「ん……でも大丈夫だよ」
「駄目だって、風邪ひくから。ほら、早く立って」
 葉山はちょっと呆れたような顔で、先に立ち上がった僕の顔を見上げた。
「赤池くんって、もしかして結構お節介? 風紀委員だから?」
「関係ないよ。僕が葉山をほっとけないだけだ」
「どうしてさ? まさか、ぼくの体調管理が君の仕事だって言うのかい?」
「そうだったらよかったんだけどね」
「……え?」
 そんな仕事があるとすれば、それはギイの領分だ。
 ただし、それも未来での話。
「帰ろうよ、葉山」
「……変なの」
 僕も本当にそう思うよ。
 葉山は根負けしたのかため息を一つつくと立ち上がり、はたはたと制服についた草を手で払い落とすと、素直に僕に附いてきた。
 寮に戻り、別れ際にまた明日と声を掛けると、葉山は黙ったままかすかに頷いた。見送る僕の視線にやや緊張しているらしいのがその後姿から手に取るように判ったのだけれど、僕はほっと息をついて踵を返した。
 再チャレンジの結果は、覚悟していたよりかは遥かに芳しいものだった……と、思う。そう思っておこう。
 そして、また明日、だ。よし。


 部屋に戻ると野川勝が来ており、ギイと何やら相談をしているらしかった。怯みそうになる自分を叱咤して、何気ない顔をつくって二人と挨拶をかわす。
「どこ行ってたんだ、章三?」
「日向ぼっこしてた」
 ギイは首を傾げながらも、野川との会話に戻っていった。
 本当のことを言わないにしても、絶対に嘘は言わない。今の僕にはそれしか出来ないから。











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