恋は桃色
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さるドイツ人実業家のホームパーティーで──ホームパーティーというには大掛かりだったけれど、依頼されて演奏をした時、ギイも客として招かれていたのだと後から知ったことがあった。その時には気づかなかったし、ギイもわざわざそんなことを連絡はしてこなかったのだが、日本に戻った際、銀座で偶然会ってそう聞かされたのだ。
SNSでのつながりはあるのだし、頻繁とはいえないにしても近況を知らせあってはいたのに、ギイがそれまで知らせてくれなかったのはなぜだろうと考え、もしかしたら彼にとっては報告するほどのことではなかったのではないかと思い至った。自分の演奏がつまらなかったから、言うべき感想も思いつかないようなものだったのではないか、と不安になったのだ。
手を抜いただとか、そういうことはないのだけれど、ただ自信がなかった。丁度自分の向かうべき道がわからなくなっていた折だったからかもしれない。
ただ、ギイはリップサービスで友人を褒めるようなタイプではないだろうとは思ったのだ。そんなギイにとっては託生の演奏は特筆すべき所のないものだったから、簡単に聴いたとだけ伝えるしか出来そうになく、それを憚ったのかもしれない、と。
だから、タイミングがよかっただけとはいえミラノの小さな演奏会にギイが来てくれた時は、義理でのことだとはわかっていても嬉しかった。客席にギイを見つけて、あのホームパーティーでも演奏したツィゴイネルワイゼンをアンコールに掛けた。ギイのために演奏することで、何かが、自分の音楽が変われるだろうかと思ったのだ。
彼もその意図に気づいてくれたのか、次にあった際には礼を言われてしまって面映い思いをした。けれど嬉しくて、誰かのために演奏するということをもっと真剣に考えようと思い始めた。
そしてそれは、自分に自信が持てない自分に今出来る、数少ない努力のようにも思えた。
アメリカから来日してきた彼女──ギイの婚約者、ではないらしいけれど、きっとギイを心から愛しているのだろう彼女に張り合うことは、おそらく自分には出来ない。佐智はああ言ってくれたけれど、家柄も、知識も、美貌も、託生ではどうしたって敵いそうにない。
けれど、問題なのは彼女と張り合えないことではないと気がついた。自分に自信が持てないということは、託生自身の問題なのだ。
何か一つでも自信を持てれば、もう少し前に進めるような、そんな気がする。そしてそれは、自分にとって一番わかりやすい指標は、音楽だと思った。
誰かのために演奏することで、何かが変わるかもしれない。自分の音楽も、自分自身も。
だから今は、ギイのことを想いながらバイオリンを弾いてみようと、そんなふうに託生は考えたのだった。


(I never seem to get it right.)

軽く昼食を摂り、練習を再会しようとバイオリンに目をやったところでその異変に気づき、託生は呆然とした。
しばらくしてからやっとスマートフォンを手にし、履歴から電話を掛ける。短い言葉でアポイントメントをとり、再びバイオリンを見下ろして途方に暮れた。





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