恋は桃色
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しばらく言い合った後、取り付く島がないキャロルにようやく諦めたのか、彼女は苛立ちも顕わに踵を返した。このままでは鉢合わせてしまうと思ったのも束の間、身を隠すいとまもなく彼女が近づいてくる。素知らぬふりをしようと思ったものの、こちらを一瞥した向こうのほうでははっと何かに気づいた様子で、柳眉を逆立てると彼女は託生の前まで歩み寄った。
「葉山、託生」
初対面のはずであったが、彼女は憎々しげに託生の名を正確に口にすると、冷たい視線で睨みつけてきた。身長は託生の方がやや高いようだけれど、ヒールのためか目線は同じくらいだ。
「あなた、こんなところで何をしているの」
聞こえてきた会話から、どうやら彼女はアメリカ人らしいと思われたけれど、流暢な、ネイティブと聞き間違うような日本語だ。
なんと答えたものかと逡巡していると、彼女は託生の返答を待たず言葉を継いだ。
「わかっているわ、どうせまた義一さんの邪魔をしに来たのでしょう?」
……また? どういう意味だろう。
問い返す間もなく、彼女は口元を歪めると吐き出すように言葉を続けた。
「身の程知らず。あなたなんか、義一さんにまったく相応しくないじゃない。義一さんに甘えていないで、さっさと身を引きなさい」
罵倒の言葉でさえも流暢に繰り出す彼女に、託生はこっそり感嘆した。
この人はきっと、ギイにふさわしいパートナーになるために相当の時間を掛けて日本語を勉強したのだろうと思ったのだ。ここまで流暢に話せるようになるまでに、どれくらいの苦労をしたのだろうか。
それに引き比べて、自分はどうだろう。
同性だから、身分が違うから、接触嫌悪だからと、無理な理由だけを数え上げて端から諦めて、何の努力もしてこなかった。そして結果、ギイを傷つけた。
ギイに相応しくない、という言葉に全く反論できないと思った。
勝手に打ちひしがれている託生を意に介さぬように、彼女は不機嫌な表情のまま足音も高く立ち去った。佐智はそっと託生に寄り添うと、嗜めるように声を掛けた。
「差し出がましいようだけれど、あんなふうに言われるがままだなんてよくないよ。義一くんに相応しいとか相応しくないとか、彼女が決めることじゃないのに」
託生は彼女に対峙していた姿勢のまま俯いて、声をおとした。
「でも。やっぱりぼくの目にも、ぼくよりは彼女のほうがギイには相応しいように思えてしまって」
「そうだろうか。自信過剰で人を見下していて、僕には彼女が義一くんにふさわしいだなんて到底思えないけど」
「だって、性格のことは……ぼくだって、自分勝手だしギイの気持ちも全然わからないし。自分でも、ギイにとって良い人間だとはあんまり思えないですから」
「少なくとも、自分でそう言えるというのは彼女よりも強いってことだと僕は思う。無知の知、ともいうし。ただ……」
言い淀む佐智にやっと振り返り、託生は先を促した。
「何ですか?」
「彼女が君に対してあそこまで攻撃的だったのは、ちょっと不思議な気がして……そうだ、やっぱり変だな」
佐智は彼女が立ち去った方角を振り返り、首を傾げた。
「託生くん、これまでに彼女と会ったことは?」
「まさか、初対面ですよ」
「そう、ならどうして彼女は君のことを知っていたんだろう。というか、君が義一くんの想い人だということまで知っていたようにも思えた。義一くんは島岡さんと僕にしか打ち明けていない様子だったのに」


(I never seem to get it right.)





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