恋は桃色
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病室を出ると佐智が待っていて、病院内にあるチェーンの喫茶店に誘ってくれた。
佐智とは同業者とはいえキャリアに大きな差があるしこれまでに親しく会話を交わしたことはなかったので、託生は少々気後れがしていたが、これだけ世話になっておいて断れるはずもなかったしギイの状態を聞きたい気持ちには抗えなかった。
コーヒーを間に向かい合って、佐智は今の状況をかいつまんで託生に話してくれた。とはいえガジェットやダイブのことは伏せたので、一般的な情報に毛の生えた程度ではあった。
先程までに比べれば大分落ち着いた託生は、佐智の言葉を一つも聞き漏らすまいとするかのように真面目な表情で聞いていた。
「なにか、ぼくに手伝えることはありますか?」
「まず、これ以上仕事に穴は開けないほうがいいね。義一くんも心配するだろうから」
そうですね、と託生は肩を落とした。
「スペインでのフェスティバルの仕事をキャンセルしてしまいました。代演は紹介できたけど、もう呼ばれないでしょうね」
「済んだことは仕方ないよ、これからどうするかだ」
「これから」
佐智の言葉を繰り返し、託生はコーヒーの入ったマグカップをじっと見つめた。
「……口に出してしまった言葉は取り消せないし、ギイを傷つけた過去は変えられない。ぼくに、これから出来ることって、あるんでしょうか」
「彼に次に会う時には、君の正直な気持ちを伝えてあげればいいと思うな」
「でも……もし、ギイが目覚めなかったら」
「葉山くん、彼を信じよう。義一くんは今、必死に『運命』に……抗っているはずだから」
あるいは、それを取り戻そうと。


(I never seem to get it right.)

月末に丁度日本での仕事が入っていたこともあり、託生はそのまま日本の自宅に戻って過ごすことにした。
病院に向かう佐智について、時折病室を訪れる。ギイはただ眠っているように見え、安らかな表情に少し安堵しはしたけれど、佐智が頑なに病名を明かそうとはしないので不安で仕方なかった。
その日も昼を過ぎた頃、託生は佐智について病院に向かっていた。いつものように裏口へ回ろうとすると、駐車場の壁際に二人の女性を見つけた。一人はギイの秘書のキャロルだ。彼女の後ろ姿と、彼女に対峙している明るい栗色の髪の女性の顔が見える。かなりの美人だけれど、眉を釣り上げて英語でまくしたてている様子には気圧されてしまう。
『では、わざわざこうしてアメリカから来た私を追い返そうというの?』
『はい、お引取りください』
『くどいわね。いいから、早く義一さんに会わせなさい』
『繰り返しますが、現在「全ての」面会をお断りしております』
キャロルが毅然と対応するのにも、彼女は怯まなかった。
『何度も言っているように、私は義一さんの婚約者なのよ? あなたが勝手に判断していいことではないわ』
『私ではなく、看護チームと何よりもギイ本人の決定ですので。お引取りください』
二人のやりとりを黙って聞いている託生に、佐智はそっと囁いた。
「託生くん、心配しないでいいからね。彼女は本当の婚約者などではないから」
「え、そうなんですか?」
却って驚いたような託生に、佐智は頷いた。
「義一くんの重要な取引先の孫娘で、結婚を申し込まれたけど断ったと聞いているよ」
「そうですか」
不思議そうにそう返し、託生は再び二人の女性に目を向けた。
「でも美人で、理知的で、はっきりと主張ができて。あの人ならギイの婚約者であっても不思議はないように思えます」
「それは、世間的に言って? 義一くんから見て? 君から見て?」
思わず黙り込んだ託生に、佐智は優しく励ますように囁いた。
「君にできることは、そういう先入観をはずして義一くんと向き合うことなのかもしれないよ」





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