恋は桃色
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  ‘Portamento.’



──丁度、六月の初めだった。
ギイ急病の情報は関係無関係を問わず各方面に大小の騒ぎを巻き起こし、島岡は情報統制と業務の手配に大忙しだった。だから病院でのあれこれは島岡の指示を受けたキャロルが引き受け、また時間の許す限りは佐智も助力した。
ただ眠っているだけの患者を煩いことを言わずに受け入れてくれる病院を探すのは難しく、結局佐智の父が関係している病院を手配した。ガジェットを制作した研究所からも情報を渡してもらい、一ヶ月の間ただ寝かせ、生かして、なるべく体力筋力を保てるようにマッサージやリハビリ等も頼んでいる。費用は当然当人持ちなので、佐智は惜しみなく最上級の看護体制を敷いた。また、さまざまな見舞い、面会の申込みを謝絶し、諸メディアの記者も排除した。


(It doesn't seem to matter,)

ギイが眠りについてから一週間近く経ったある日のことだった。ダイブ中の幼馴染は高二の六月頃だと計算しながら佐智が病院の裏口に向かっていると、キャロルと一人の青年が押し問答をしている様子が見えた。必死に食い下がろうとしている青年を、キャロルがすげなく追い返そうとしているのが離れた場所からでもわかる。そちらに歩みを進めながら彼の後ろ姿に見覚えがあると思い、佐智は考える間もなく呼び掛けていた。
「もしかして、葉山託生くん?」
葉山託生は振り返り、目を見開いた。
「……井上佐智さん!?」
同業者の姿に驚き、しかしふと気づいたように頷いた。
「そうか、そういえば、井上さんはギイの幼馴染なんでしたね」
佐智は頷いて託生に微笑みかけると、キャロルに目配せをした。
「彼のことは任せて下さい、僕が対応しますから」
「わかりました」
聡明なキャロルは何も聞かずにただ頷いて、託生を佐智に託すと自分の仕事に戻るために踵を返した。
「井上さん、ギイが……入院していると聞いて」
託生のスケジュールは確認してあった。今頃はぽつぽつとヨーロッパ内での仕事が予定されていたはずで、もしかしたらキャンセルしたものもあるのかもしれなかった。
そうして日本に来たのだ、イレギュラーに。
動揺し、殆ど色を失った顔、震えるまつ毛に、彼の心の内は総てさらけ出されてしまっているようだった。
──ほら、ちゃんと彼は戻ってきてくれたじゃないか。
佐智は『収束』という言葉を思い出し、自分の予感が確信にかわりつつあるのを感じながら託生に向かい合った。
「義一くん、病気でね。長期療養に入ったんだよ」
「長期療養……病気、って……な、治るんですよね?」
託生の動揺ぶりに、佐智はふとどう答えようかと考えた。少し意地悪な気持ちになったのかもしれないし、幼馴染の援護射撃をしたい気持ちもあったのだろう。
「どうだろうね、そう願っているけれど」
あえて深刻そうな表情を取り繕ってそう言うと、託生は殆ど泣きそうな顔で、身を乗り出した。
「あの、ギイに会えませんか? 面会謝絶と聞きましたが、どうしても会いたいんです」
「会っても、話はできないよ?」
「意識不明、なんですか」
「……寝ている状態なんだ、ずっと」
託生は沈鬱な表情のまま頷いた。
「それでも構いません、お願いします」
「いいよ……君ならね、内緒でね」
裏口から病室へと託生をいざない、SPと軽く言葉を交わしてからギイのベッドサイドに立つ。
佐智が一歩退いて見守る中、託生は言葉もなく、眠るギイの顔を見下ろしていた。
まるでただ寝ているだけのような穏やかな寝顔にも──実際ただ寝ているだけではあるのだけれど、託生は打ちひしがれた様子のまま黙ってじっと見つめていた。
「義一くんは、君が来てくれて喜んでいると思うよ」
「そうでしょうか……」
「うん、幼馴染だからね、義一くんが君のことを誰よりも大事に思っているのは、ずっと前からよく知っていたよ」
ずっと──『今』となっては、祠堂に入るよりも前に遡及して、ずっと。
「ギイが……? ……まさか」
到底信じられない、というその声音に、佐智は穏やかに言い返す。
「信じられなくても、本当のことだよ。そうでなければ、僕は君をここに通してはいない」
「そんな、……ぼくは、全然……何も知らなかった……」
ゆるく首を振り、ますます俯きながら託生は声を震わせた。
「ごめん、ギイ……ぼくは、君に酷いことを言ったみたいだ」
託生はギイの枕元に跪き、告解する人のようにベッドの縁に顔を伏せた。泣いているようにも見えた。
佐智は彼の気が済むまでと思い、黙って病室を出た。





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