恋は桃色
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ギイは自室に島岡と佐智を呼び出した。
これまでの経過を全く知らない島岡は勿論として、佐智もまたギイの話には相当驚いたようだった。
「それでは、今のこの世界は義一くんの三回の『分岐』を経た状態なんだね」
「ああ」
「状況を整理したいな」
佐智はギイに紙をもらって、ペンで図を描き始めた。
「始めの世界……一度もダイブをしていない世界を、『世界A』としようか」
Aと書いて四角く囲み、そこから引いた矢印の先にマル1と書いた。
「進学を決めたのが分岐点1。大学へ進んだ方を『世界A』のままで、祠堂学院に進んだ世界を『B』としよう」
二股の矢印をそれぞれ描く。
「ここまでは僕も聞いていた話だ。僕は『世界A』を認識できていないけれど、それが存在していたという話は聞いて知っている。その後、級長になったのが分岐点2、以後が『世界C』、葉山くんとルームメイトになったのが分岐点3、『世界D』…今僕達が認識している世界だ」
佐智のメモにより、そうではなかった世界と、そうなった世界とが図示されていった。
「過去が捩じ曲げられているというのが本当なら、おそらくその先に━━世界『E』か『F』、あるいはもっと先に本来のあるべき世界があるということになるね。ギイの無意識が言うところの、『運命の地平』かな」
佐智は先に四角を書いてしまってから悩んでいるようだった。
「もっと先の世界……『世界Z』、にしようか。ちょっと格好悪いかな」
ペンを彷徨わせて佐智がくよくよと悩んでいるので、わりとどうでもいいと思いながら、話が進まないのでギイは仕方なく提案する。
「じゃあ、地平、’Horizont’のHはどうだ?」
佐智は頷いて、『世界H』を採用した。
「だが正直、『運命の地平』……その『世界H』、に近づいているという感じはしないな。まあ、近づいているとしても気づけないのかもしれないが」
成る程ね、と同意して、佐智は微笑んだ。
「個人的な見解だけれど、捩じ曲げられる前とは違っていても、収束すべき運命による世界なら、それでいいのかなと思うよ。地平とは言い得て妙だね。『運命』の現出する形はたった一つではないんだよ、きっと」
それまで黙っていた島岡は、感に堪えないといった様子で深く息をついた。
「それでは、私がギイに出会ったのも、そのダイブのお陰だったんですね。『世界A』では、私はどんな生活をしていたのでしょうね」
「……すまない。オレはお前の人生を捩じ曲げてしまったな」
この場に島岡を呼んだのは、懺悔の気持ちもあったからだ。彼はキャロルよりもはるかに大きく運命を変えられてしまったはずで、それは彼にとっては迷惑なことだったかもしれないと思ったのだ。
けれど島岡は、微笑んで首を横に振った。
「いえ。あなたに出会わない私がどのように生きていたのかは想像もつきませんが、少なくとも今の私はそのダイブとやらに感謝していますよ。ずうずうしいかもしれませんが、私も一緒に収束させていただいているように感じます」
「そう言ってもらえると、嬉しい」
明るい島岡の表情は、ギイを少し安堵させた。なぜなら、これから更に島岡に迷惑を掛けるのだから。
「島岡に頼みがある」
「何でしょう」
「ここまでして駄目だということは、結局オレは彼には辿り着けない『運命』なのかもしれない。だけど、最後にどうしても試したいことがあるんだ」
ギイは島岡に体ごと向きなおった。
「オレを一ヶ月療養させてくれ」
「……大きな数字で来ましたね」
島岡は顎に指を当てて考えている様子だった。それは返答に迷ってではなく、まだ状況の理解につとめているのであった。
「今迄のお話から考えると、一ヶ月というのはダイブの中では約一年ですね」
「高校二年生の一年間、だね」
佐智のことばに頷いて、ギイは島岡に再び向き直った。
「頼む、これきりのわがままだ。結果がどうでもすっぱり最後にするし、『運命の地平』に辿り着けなかった場合、あるいはそこで彼に会えなかった場合は、例の縁談を受ける」
島岡は穏やかに微笑んだ。
「その彼とのことも応援したいですが、そもそもご自分の『運命』というのをまず取り戻されるべきだと思いますよ。ですので、私はあなたの決断に従います」
「島岡、ありがとう」
ギイはほっと息をついて、先を続けた。
「オレがダイブしている間のことは全面的に判断を任せる。キャロルにどこまで話すかも含めて。ただその他の人間には、ダイブについてと、あと彼のことは、出来る限り秘密にしてほしいんだ」
島岡がしっかりと請け負うと、ギイは今度は佐智に向き直った。
「佐智にも頼みたいことがある。周到に準備をするには時間があまりないし、そもそもそんなに長時間ダイブすることが可能なのかも正直わからない。済まないが、ガジェットやダイブについて必要な情報を、島岡に教えてやって欲しい」
「わかった、任せてよ」
佐智は明るく請け負って、励ますように微笑んだ。
「義一くんは三度のダイブを繰り返してもうまくいかなかったと言うけれど、僕にはそうは思えない。僕には、君が少しずつ核心に近づいているようにさえ思えるんだ。君の『無意識』での言葉で言うならば、『収束』というのだっけ?」
「どういうことだ?」
「ダイブごとに大老の干渉が増していることや、葉山くんとの距離が少しずつ近づいているということは、何かを意味しているのだと思う。両者には関連があるのかもしれないし、ないのかもしれない。なによりどう『収束』していくのかまでは、まだわからないけれど」
言われてみれば、佐智の言葉にはなんとなく思い当たることもあった。自分の意志で変えたつもりになっていたが、確かに託生との関係の変化も、縁談と同じような変化と捉えられなくもない。ダイブによって変わっていく『過去』と『今』の中で、二人の動きだけが異質に感じられるのは確かだ。
「少なくとも、本当に葉山くんと共に生きられないのが君の『運命』なのであれば、ここまで親しくもなれず、彼の本心を知ることも出来なかったように思うよ」
「そうかな……そう思っておくか、島岡に甚大な苦労を掛けるわけだしな」
「そうですよ、ギイ。必ず『運命』を取り戻して、その方を手に入れて下さいね」
ギイは力強く頷いた。







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