恋は桃色
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(don't you see it in my eyes, tonight)


……それはおそらく、土曜の夕方だった。
部屋の扉の手前でジャケットを羽織るギイを、託生は部屋の中で立ったまま見つめていた。ギイは振り返り、口の端だけ上げてこちらに笑いかける。
「明日の昼には帰るから」
いつもの、唐突な場面から始まる祠堂の夢だ。
「出かけるの?」
「ああ、仕事……言ってなかったか?」
わからない、聞いていたのかもしれない。
夢を見ていない間に。
そんなことはどうでもいいけれど、託生は悲しくなってつい下を向いてしまう。
こうして夢でしか会えないのに、一緒に過ごせないなんて。
「早く、帰ってきて」
「託生」
ギイは部屋の中まで戻ってくると、ぎゅっと抱きしめてくれた。
「なんだよ、出掛けにそんなかわいいこと言うなよな。出掛けたくなくなるじゃんか」
そっとその背中に腕をまわして抱きしめ返し、このままここに居てと言ったら出掛けるのを取りやめてくれるのだろうか? なんて考える。佐智だって、わがままを言ってやれと言っていたっけ。夢なんだから、それもいいんじゃないか?
……いや、違う。
ここに居て、ではない。
それでは駄目だ。
夢では、意味がないのだ。
託生は腕に力を込め、ギイの肩に頬を摺り寄せると小声で囁いた。
「早く帰って来て、ギイ」
「ああ、わかったよ」
「本当に、早く帰って来て。早く…………早く目を、覚ましてよ」
「……え?」
顔が見えないのをいいことに、じわりと湧いた涙を隠して続ける。
「淋しい。君が居なくて、辛い……怖いんだ。もう目が覚めないんじゃないかって、もう二度と会えないかもって、ずっと怖い……だから」
涙がはたりと彼の肩に落ちる。
既に涙声になってしまって、けれど伝えたかった。
「だから、早く戻ってきて……ギイ」
そろり、と背中にまわされたギイの腕が動き、託生の髪に触れる。
「……託生? 本当に?」
ギイの声がどこか遠くから聞こえてくるようで、つなぎ留めたくて、託生は必死でその背中を抱き返した。
無言の返答に、ギイは黙ったまま託生の髪を優しく、確かめるように撫でてくれる。
「……託生。オレだって、怖いよ。目を覚ましてお前が居なかったらと思うと、夢から醒めるのが怖いんだ」
「ぼくはちゃんと、待ってるよ」
「目が覚めたらその後は、オレと一緒に……ずっと、側を離れないで、一緒に歩いてくれるか」
「うん……絶対。約束する」
ギイはそっと託生の顔を上げさせると、涙に濡れた顔を隠す間もなく、頬に指を触れてその跡を辿る。
「オレはもう間違わないし、二度と離さない。だから……待ってろ」
「待ってるから」
ギイは頷くと、その額に額をあわせて微笑んだ。
「さよならだ」
「うん」
誓うように、願うように。どちらからともなく二人はそっと、口づけた。





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