恋は桃色
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夢は毎晩のように見た。
いつも祠堂で、ギイと同室だったあの頃の夢なのに、実際の記憶とは違っていて、まるで恋人同士のようにギイが触れてくるのだ。それはこの上なく幸せで、限りなく拷問に近いような夢だった。
というのも、毎夜夢で出会っていながら、それはどうしても、どこまでも夢の中の出来事だった。あまりに生々しく、ギイの触れる手や唇、空気の匂いまで感じるけれど、何もかもがあり得ない。
どうしても現実にギイの顔が見たくなって、病院にふらりと赴いた。連絡をしなかったので丁度佐智は不在で、SPに追い返されるかなと思いつつ病室へ向かうと、ギイの秘書であるキャロルという女性が託生を見つけて首を傾げた。
以前彼女にも追い返されたことがあったのでつい立ち止まると、こちらに近づきながら向こうから声を掛けてきた。
「葉山託生様、でしたね」
「あ、はい。あの、急にすみません、ご連絡をしてこなくて」
「そのようですね。こちらへどうぞ」
「え? あ、佐智さんが、何か?」
「何も伺っておりません」
佐智が自分の話をしておいてくれたのかと安堵しかけたところであっさりとそう返され、やはりアポイントメントをとるべきだったと反省しかけたところへ、無言で病室へと促された。
「……いいんですか?」
「これくらいの判断は許可されると思いますので」
つまり、何も聞いてはいないがこれまでの佐智の対応を見ていて判断してくれた、ということなのだろう。託生は心から礼を言って、静かに病室に滑り込んだ。
眠ったままのギイの横に座って、そっとその顔を覗き込む。佐智の手配でいろいろ世話を焼かれているらしく、清潔が保たれて顔色も良い。本当にただ寝ているだけのようで、却って不安になる。
「ギイ……ぼくだよ」
そっと独り言のように話しかけても、ギイの寝顔は変わらない。
「ここのところ、毎晩君の夢を見る。高校の頃の夢」
夢の中のギイは、いつも託生にキスをくれる。
だから、枕元に顔を近づけて、そっと触れるだけのキスをしてみた。
「……仕返し」
涙が、ギイの頬に落ち掛かる。


(don't you see it in my eyes.)

「……雨?」
頬に手をやって首を傾げ、ギイは空を見上げた。
「こんなに綺麗な秋晴れなのにな」
屋上の手すりにもたれて温かいコーヒーを飲んでいるところ、らしい。
託生は缶を傾けないように気をつけながら、自分も空を見上げて見た。
蒼い、気持ちの良い空は確かに秋の色をしている。
ふとシャツの裾が引かれ、前に向き直った瞬間キスをされた。
「わ」
弾みで飲み物を零しそうになり、思わず眉をしかめてしまう。
「あぶないじゃないか、もう」
「なんだよ。そんな事言って、嬉しいくせに」
妙に楽しそうなギイが腹立たしく、眠ったままの現実のギイと、心配ばかりしている自分が気の毒になってしまい、半分本気で睨み返す。
「ギイの馬鹿」
「こら、馬鹿とか言うな」
「じゃあ、なんて言えばいいんだよ」
「なんて? じゃあ、ギイ愛してるって、言えよ」
「な」
なぜそうなる、と言いたい。
それにそんなこと、誰にも、何に対しても言ったことはない。
だって自分は日本人なのだ、一体何を言い出すのだこのアメリカ人は。
「なあ、託生」
……日本人だけど。
君が好き、くらいなら。たぶん、言えないこともない。どうせ夢なのだし。
だけど。
すき、と言葉にしかけて、気が変わった。
今はきっと、そうじゃない。
こんな風に毎晩の夢に見る、君との逢瀬はきっとそういうのじゃない。
眸が潤むのを感じ、けれど照れも戸惑いも何処かへ消え去った。
本当に、
「……愛してるよ、ギイ」
思いがけず真摯に響きすぎた声音に、ギイは少し驚いた目をして、それからふっと微笑んだ。
「初めて……言ってくれたな」
ふざけてばかりだった彼が、ちゃかすこともなくぎゅっと自分を抱き寄せてそのまま暫く黙ったままなので、感に堪えないというその様子に、夢であっても言葉にしてみて良かったと思う。
「ありがとう。もう、大丈夫な気がして来た」
「大丈夫って、何が?」
もう、って?
ギイは体を離すと、晴れやかに、けれど少しせつない笑顔で微笑んだ。





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