同窓会の会場は赤坂見附の居酒屋で、居酒屋とはいえ有名料亭が経営している、中々の料理を出すそこそこ値の張る店だった。自分たちの年代としては少々気張った会に思えたが、思い出してみればその料亭の跡取りが同級生だったのだ。
少し遅れて広めの個室に入ると、既にそこここで会話の輪が出来ている中から歓声が上がった。
「あっギイだ」
「久しぶりだなー、相変わらずイケメンだなー」
「こっち来いよ、ギイ」
すぐに輪の一つに引き込まれて、次々と同窓生が向こうから顔を出してくれるので席を立つこともできず、彼を探す機会を見失ってしまった。赤池や矢倉たち、他の多数の同窓生の懐かしい顔ぶれは嬉しかったけれど、少々焦ってしまう。
小一時間程して、何人もの同級生との挨拶も済ませてやっと話題の中心が自分から他の者に移り、少し先のテーブルを見やると吹奏楽部だった野沢正貴のいる輪の中に彼がいた。
──ギイと同級生であった一年生の時にはまだまだ表情も硬く、周囲とうまくやっていけなかった彼は、級長であることを名目にかばい続けたギイにたいしても全く打ち解けてはくれなかった。二年生になりクラスも別れてしまってからは次第に疎遠になって、結局まともな会話も殆ど出来ずじまいだった。けれど葉山の方では心境の変化があったのか、接触嫌悪が改善しでもしたのか、それとも周囲に恵まれたのか、少しずつ理解者も増え、卒業までには目立たない落ち着いた生徒の一人になっていったのだった。
自分のお陰だなどとは思えなかったけれど、少なくともこれまでの世界の彼とは異なる状況ではあったしそれはダイブによっての変化であることは確かなので、少しは自分も役に立てたのだろうかとギイはひそかにほっとしていた。
けれど彼と自分との間の距離は、さほど縮まってはいなかった。顔を合わせれば挨拶をする程度の、友人とも呼べないような同級生のまま祠堂を卒業したのだった。
(Where do I have to go?)
手洗いに立つと、運良く帰り際の葉山を発見した。
「葉山、もう帰るのか?」
「あ……うん、明日早いんだ」
「オレもそろそろ出るんだ、駅まで一緒に行こう」
彼の返事を待たずに幹事を探し、断りを入れて支払いを済ませようとしたが、酔いのまわった旧友達に随分絡まれた。
「ギイ帰っちゃうのかよー、淋しいー」
「すまん、仕事残して来てるんだ。残念だけど」
「帰っちゃやだー!」
「オレが仕事遅いせいでごめんなー」
赤池が周囲を宥めてくれたが、開放されるまでに予想以上に時間が掛かってしまったので、待っていてくれるかどうかわからないと思ったけれど、葉山は律儀に店を出たところに立っていた。
並んで歩きながら、ギイは申し訳ない気分で声を掛けた。
「待たせたな、ごめんな。急いでたんだろ」
「ううん、大丈夫だよ」
何でもなさそうに首を振って、葉山は少し微笑んだ。
「皆残念そうだったね、崎くん人気者だから」
「どうかな……ただ酔っぱらいに絡まれただけのような気もするが」
「それだけじゃないと思うよ。皆、崎くんのことが好きなんだよ」
さらりと吐かれた単語に、こっそりと胸が騒ぐ。
わざわざ二度目になるダイブをしたのだし、もう二十代も半ばなのだ。流しては駄目だ。
「皆? なら、葉山も?」
「えっと……」
ギイとしては随分思い切ったフリに、少し考えて、葉山は真面目に頷いた。
「ぼく──ぼくも、崎くんに感謝してるよ」
……感謝、か。
「もう今更だけど、高一の頃は、いろいろありがとう。きちんと御礼も言ったことがなくて、ごめん」
あまりにまともな返答に、そしてなぜかいとけないその横顔に、ギイの勇気は一瞬でしおれてしまう。
そして同時に、こんな葉山を放っておけるわけがないとも思う。
「礼なんかいいさ。少しでも葉山の役に立てたんなら、よかった」
「うん、崎くんのおかげで、前を向かなきゃって気持ちになれた気がするんだ。今でも、そう思ってる」
いつの間にか、地下鉄の改札に着いていた。葉山とは路線が違うようで、ここで別れとなるようだった。
「明日から、ドイツに行くんだ」
「ドイツ? また、仕事か?」
「ううん、向こうに住むことにしたんだ」
ドイツに、移住?
知らなかった。それで今日は珍しく、同窓会にも顔を出したのだろうか。
「向こうでも、頑張るから。またどこかで機会があれば……ミラノの時みたいに、聴きに来てほしい。いつか」
ほんの少し微笑んで、彼はギイに背を向けた。
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