恋は桃色
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打ち合わせが終わり部屋に戻ると島岡は既に外出の準備を済ませていた。自分も身支度を整えながら、報告を聴く。
「ニューヨーク支社から合同カンファレンスの件でデータを送ったので早めに返答をとのことです。要点は午後中に私がまとめますので」
「わかった。明日の変更はどうなった?」
「十四時に新宿で確定しました」
二度目のダイブによって、ギイの世界はまた大きく変わった。ニューヨークではなく東京を拠点とするようになり、それに伴って仕事の内容も多少変わっていた。
鏡で身だしなみをチェックしながら、島岡が羅列する予定や注意を聞き続ける。
「例のトラブルに関しては、今日の日本時間二十一時までが回答期限となったそうです。特殊な状況ですので、回答を受け取り次第、こちらもすぐに対応せねばなりません」
「あ、でもオレ、今夜同窓会だから」
「ええ存じております、それまでに連絡が来ないようでしたら、同窓会後何時でも構いませんのでお戻りください」
島岡の無情な一言に撃沈し、しぶしぶ頷いて振り返る。
ジャケットを羽織ろうとして思い直して腕に抱え、そのまま部屋の扉へと向かおうとすると、後に続いた島岡がらしくもなくためらいがちに声をひそめた。
「ギイ、その……大老の件ですが」
「ああ」
「お父上からはその後、何か?」
「いや、まだだ」
それだけで、廊下に出ればもう何も言わなかった。
島岡が言い淀むような件とは、ギイの父を介して持ち込まれた縁談のことだ。
何度ダイブを繰り返しても、そしてダイブごとに手段を選ばなくなっているように思える例の老人に、ギイは辟易しつつもその意志の強さに驚嘆していた。
だが一方で、人の意志や願いでは世界は変わらないのではという気もし始めていた。
強く望んだから出会えるとか、強い絆が生まれるとかいうのではない、人間の意志を超えたものがそうした出会いを支配しているようにも思えた。神の決定とも、世界の意志とも、『運命』と言ってもいいが、いずれにせよそのようなものがあるとすれば、それはおそらく人間の感情や意志で左右されないものなのではないだろうか?
幼馴染に言われたように、あのガジェットでの過去改変を疑い始めたから、というわけではない。自分が望もうが過去を改変しようが、世界は自分の思う通りになどなってはいなかったからだ。
──あの後短いダイブを行い、祠堂の一年時のクラスで級長に立候補した。ダイブの後のギイも、一年間級長をきちんと勤めあげてくれたようだった。
ダイブの後、つまり未来の自身がのっとって行動した後は、未来の記憶を持たない自分に戻って、不自然な記憶もうまく補完されていた。未来の自身による行動は「なんとなく」「思いつきで」級長に立候補した、という記憶に置き換わり、けれど自分の性格からしてそうだろうとは思ったけれど、きっかけはどうあれ与えられた仕事はきちんとこなしたし、自主的に働きさえした。だから周囲の信頼は今までの過去でそうであった以上に厚くなり、翌年も級長をやらされたり、最上級生の年には階段長という寮のまとめ役の一人にも任命されたりするはめになった。
そんな『過去』を得て初めて、自分でも意外なくらいに世話焼き体質だったことに気がついた。今までも家族や親しい人間に対しては労を惜しまない方だったと思うのだけど、その適応範囲が限りなく広くなった。勿論、周囲とうまくやれない接触嫌悪症の同級生のことだって、随分気を配ったつもりだ。
その結果が現れたのかもしれない、その日の同窓会には珍しく葉山託生も来るというので、何としてでも出席したかったのだ。


(Where do I have to go?)





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