恋は桃色
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葉山託生に恋をした、とビデオ通話で報告したら、幼馴染は目を大きく見開いてしばらく何も言わなかった。じっと押し黙って考えて、何も考えてなどいなかったのかもしれないが、やがて徐ろに口を開いた。
「すごくおも、良いことだと思うよ」
「お前今、面白いって言いかけなかったか?」
ゆっくり考えた結果がそれかと、思わず脱力する。
佐智は弁解をせず、ふふっと笑った。
「前に言ったと思うけれど、僕は葉山くんが恋をすることには大賛成だし、考えてみると義一くんも同じかもしれないと、言わなかったけれども思っていたんだよ」
「同じって?」
「恋をしたら、きっともっと……出来ることが増える気がする、義一くんも」
予言めいた佐智の言葉はわかりにくかった。けれど佐智は、本当の恋をしたことのないギイにはもの足りない部分があると感じていたということなのかもとも思った。
それに、自分でもそのことをわかっていたような気がした。どうやら秘書のキャロルや他の友人知人たちは、時に恋人のために自分の持っている以上の力を発揮できるらしかったし、画面の向こうの幼馴染もそんな中の一人だった。そして、自分にはそうした経験はこれまでになかったと言わざるを得ない。
ダイブによって彼と同級生になったことをも伝えると、佐智は少し考えて──今度こそ何かを考えてから口を開いた。
「義一くん、やっぱりもう一度ダイブしてみたら?」
「なぜ」
「高校時代の彼のことを聴いたら、その頃に戻って義一くんが助けてあげられないのかなって思ってしまって」
それは、正直ギイ自身考えないでもないことだった。
過去に戻り、もっと葉山と深く関われるような選択をする。どうしたらいいかまではまだわからないけれど、ただの同級生としてではなく、もっと能動的に彼に関わって、そうすれば佐智の言うように彼の役に立つことも出来るのではないかとは思う。
けれど──
「前にも言ったように、オレはもう、過去を変えるつもりはないよ」
「義一くん、正直に言ってもいい?」
「ああ、勿論」
「きっと、今更だろうけれど……正直言って、僕は君の言う過去の改変そのものをまだ疑っているんだ」
正しく今更の告白に、ギイは思わず口を開いたまま固まってしまう。
「……確かに、オレだって人からこんな話を聴いたとしても、すぐには信じられないだろうと思うが」
「とはいえ僕も、義一くんの頭がおかしくなってしまっただとか、そういうふうに思っている訳ではないけれど、それでもだよ? あんなガジェットで過去を変えられるなんて、おかしいと思わない? 素人の僕が見たって、せいぜい使用者に干渉できる程度の装置にしか思えないよ」
「それは……、それもそうだな」
ギイは首を傾げ顎に手をあてると、画面から視線をはずして佐智の言葉を反芻した。確かに佐智の言うことはもっともだし、普段はリアリストの自分が、佐智に言われるまでそう思えなかったこともおかしい気がした。
「まして、どうして義一くんだけ? 変だよね。でもだからこそ、本当に世界が『置き換えられた』のだとしたら、義一くんにそれが出来たというのなら。義一くんにはその権利みたいなものがあるということなんだと思う」
「つまり?」
「義一くんは、過去を改変していいんだと思うってこと」


(Where do I have to go?)

考えがまとまらないせいもあって『今』の葉山に会いに行きたかったけれど、時間もなかったし、どうしたらいいのかもわからなかった。ミラノの時のように、ちょうど近くで演奏会があったからとか、何かそういう理由が欲しかった。好きな子に自然に再会するために都合のよい理由を探すなんて、まるでティーンの子供の恋のようだと思った。
自分はそこそこに恋愛経験を積んできた方だと思っていたけれど、今となっては過去の経験はどれも表層的な付き合いでしかなかったように思えていた。ダイブで過去を改変してでも取り戻したいと思えるような昔の恋人など一人も思いつかなかったからだ。
だからなのかもしれない。今更ティーンのような恋をして、どうしたらいいのかもわからないでいるのは。
幼馴染に言われた言葉が脳裏を過る。
──もう一度ダイブして、高校時代に戻ってみたら?
あの頃に戻れば、幼い恋しかできない自分にも、活路が開けるのだろうか?
しかし、とてもそうは思えなかった。
彼は、葉山は──『接触嫌悪症』で、コミュニケーションが苦手で。祠堂の頃は、今よりも更に近寄りがたかった。もう一度その頃に戻って、一つや二つの『分岐』を変えたとして、果たして何か変わるのだろうか?
自分だってそうだ。今でさえ恋愛ひとつうまくできないのに、あの頃の、今より更に幼い自分に何が出来ると言うのだろう?
ギイは自信がなかったし、決断もできなかった。
だから結局、気持ちを決めさせてくれたのは例の老人だった。
ギイに対しての、ビジネスではなく個人的に会いたいという申し出はイレギュラーなもので、面倒な話になることを予感させた。それは彼の孫娘との話に、おそらくもっと具体的な縁談に近づいていくように思われた。
一か八かだと思った。残された時間もそう多くはない。なにしろ過去の世界でも──ダイブの中の祠堂でも、時間が進んでいるのだ。かの老人よりも、自分の意志の力の方が強いことを願うしかない。
ギイは再び、過去に向けてダイブした。







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