恋は桃色
恋は桃色:トップページへ









その日は重要な仕事相手であるとある老人主催の昼食会に招かれていた。彼はギイだけではなく父のグループにおいても無視できない存在だったので、否やはなかった。
慣例に則って正装し、老人の私邸を訪問する。敷地に入り、美しい芝生を眺めながら車で玄関に向かうだけでもしばらくかかった。
老人は普段以上に機嫌よくギイを出迎えたが、なぜか後ろに若い女性を連れていた。明るい栗色の髪を美しく結い上げた上品な女性だった。年齢は、ギイよりも少し若いくらいだろうか。
『義一君、紹介しよう。これはわしの孫娘だよ』
続けられた名前には、改変以前の過去でも聞き覚えが会った。
……ダイブ後の置き換わった世界では、その孫娘をギイに紹介しようという提案がなかったことになっていたので安心していたのだけれど、どうやら今回の昼食会がその紹介の代わりとなったようだった。
ダイブによる過去改変を経てもなお、このように形を変えて孫娘を紹介してくるとは、老人も随分と強い意志の持ち主らしい。そう苦笑して、ギイはふと考える。
過去を変えたことで出会えなかった──はずの──人に、別の形で、別の場所で出会うという体験は他にもあった。特に以前の『過去』において関わりの深かった人や物事ほど改変後の世界でも再会できているように思えたので、それはやはり、絆、あるいは縁とでもいうべきもので繋がっていたということなのだろうと漠然と思っていた。
けれどそれらは、出会うことを自分が望んだから、あるいは相手が望んだから、その両方からか、だから過去を変えても出会えたということなのだろうか? 言い換えれば、絆の強さとは、互いの感情や意志の強さだということなのだろうか?



夢を見た。
東京の家で、父と向かい合ってソファに座っている夢だ。
「そうか、それで、決心はついたのか」
──これは、あの時の夢、『分岐点』の夢だ。もう過去を変えるダイブはしないと決めたのに、なぜまたここに来たのだろう?
……いや、ダイブはしていない。これは夢だ。ダイブではなく、ドリームの方だ。
「確かに飛び級で大学に行くことにも大きなメリットはあるが、個人的にはやはり祠堂学院を薦めたいのだよ。私の中では、祠堂での三年間は今でもなお貴重な体験となっているから」
だが、なぜこの場面を夢に見るのだろう?
夢はその人の深層心理に基づいたものだとよく言われるが、ならばこの夢は、実は自分はここでの選択がいまだに気にかかっているのだということを意味しているのだろうか?
祠堂を選んだことを後悔しているつもりはない。けれど深層心理において、失った何かについて、この手から零れ落ちてしまった『何か』について後悔している、ということはあり得るのかもしれない。
自分自身でも気づかぬ内に、失ってしまった『何か』。それが何かさえわからない。けれど、自分の意志、感情というものがひどく曖昧に感じられて、ギイは不安になる。
祠堂を選びなおして、自身を取り巻く環境は以前よりも上向いたと思えてはいる。島岡という得がたい秘書を得て、もう一人の秘書キャロルとの関係もよりよいものになった。赤池のような親友と呼べる友人も出来て、それでいて、かつて過去を改変する前に得ていた人脈や経験も、ある程度は再び得ることが出来た。
けれどこの新しい世界は、元から自分の望みだったというわけではない。勿論結果的には自分にとってはよかったのだけれど、閉塞した日常から逃げ出した末の所産であり、願って、狙い定めてダイブした結果ではない。
では、自分自身の望む世界というのはどのようなものなのだろうか? わからない。だから不安になる。
くだんの老人による縁談、あれがもし彼の意志の強靭さによって過去の改変をも乗り越えてきたものだとしたなら、果たして自分はそれに抗えるのだろうか? 自分がどうしたいのかさえわからないのに。
もし『運命』という言葉を使うことが自分にも赦されるのなら、もう少し確信できると思うのに──とギイは思う。
湖べりに立ち尽くす葉山託生の姿が、彼に呼びかけようとする声にならない自分の声が、夢の中を過ぎっていくような気がした。


(Where do I have to go?)





↑ past ↑
the Longest Night in June
↓ future ↓






5

せりふ Like
!



恋は桃色
恋は桃色:トップページへ