恋は桃色
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──確かにタブレットでミラノを選んだはずなのに、目を開けると何故か見慣れたニューヨークの風景だった。
夢の暗示に葉山のことが気になって、自分の今夜の記憶を参照したミラノにダイブできるだろうか、なんていう他愛もない感傷からの行動だったのに、想定外の事態にギイは困惑してしまう。
もしかして、タブレットの操作を間違えたのだろうか?
ギイは首を傾げ、ダイブから緊急避難する方法を試してみようかと考えた。けれど折角なので、このままもう少し過ごしてみようかと思い直し、そのまま歩き出す。やけに暑く、自分自身も半袖のシャツ姿であることに気付く。どうやら季節も現実世界とは違うらしい。見慣れた道を実家に向かう途中らしく、少し歩けばすぐに家が見えてきた。
そこで違和感に気付く。何がとは言えないが、何かがおかしかった。
違和感の原因は、実家の敷地に入って少しして理解した。
玄関の位置からも見えるウッドデッキの手すりに、見覚えのあるスイミングリングが干してあった。星と海棲生物の模様の、妹が気に入りで使っていたものだ。とはいえそれも今より幼い頃のことで、いつからか見掛けることはなくなっていた──つまり季節だけではなく、明らかに時間も異なっている。
「今は……『いつ』だ?」
ジーンズのポケットを探ると、果たしてきちんと鍵が入っていた。同時にスマートフォンではない、今ではフィーチャーフォンなどと呼ばれている携帯電話も見つけ、やはり過去にダイブしたのだと確信する。
鍵を開け、一先ず自室に向かおうと考えていると、妹が神妙な表情で登場した。
「ギイお帰りなさい、わたし謝らなければいけないことがあるの……」
それで思い出す。ギイが祠堂への進学を決めたことに妹は随分拗ねてだだをこね、その一環でギイが大事にしていた自転車を勝手に持ち出そうとして引き倒し、傷をつけてしまったことがあった。
これは、祠堂に入る前の、最後の夏。実際にあった、過去の光景。
──『分岐点』をやり直した後の、続きの世界だ。


(Where do I have to go?)

ニューヨークに戻ると、ギイは再び幼馴染の佐智に相談することにした。時間を確認し、ウィーンにいるはずの佐智に連絡をとり、ビデオ通話をつなぐ。
「つまり、ミラノにダイブしたはずがなぜがニューヨークで、しかも例の『分岐点』の続きだった、ってことだね」
佐智はそう話を整理すると、指を折り少し首を傾げた。
「『分岐点』へのダイブから、つまり過去を改変してからどれくらいだっけ?」
ギイも頭の中のスケジュールを確認し、すぐに答えた。
「二週間弱にはなるな」
「ということは、十四日……十三日か、それくらいか。『分岐点』は義一くんが十四才の一月で、ダイブ中の一日は現実世界での二時間だということだから、二週間弱だと……ダイブの中の世界では六ヶ月弱になるから、辻褄はあっているね。きちんと計算すれば、もっと正確にわかるのかもしれない」
「そうか、ダイブの中の世界でも時間が過ぎた計算になるのか」
ギイは納得し、頷いた。
「だとすると、もう東京にダイブしても『分岐点』には戻れないのかもしれないな。オレが祠堂へ進学した『過去』は、既に確定したということなのかもしれない」
「成る程ね。義一くん、本当に戻れないかどうか、試してみたら?」
「いや……そうではないとしても、そういうふうに思っておくよ。半ば衝動的にダイブしてしまったが、今思えば危険なことをしてしまったと思うんだ。思っても見ないような『バタフライ・エフェクト』が起きていたかもしれないんだし」
ギイは自分に言い聞かせるように、佐智に向かって頷いてみせた。
「だから、もう過去が変えられないとしても、それで構わないさ」
佐智は軽く頷いて、満足げに微笑んだ。
「いずれにしても、興味深いね。また何か気づいたら、是非教えてよ」





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