恋は桃色
恋は桃色:トップページへ









ダイブを始める以前、ベルリンでのパーティから始まった彼にまつわる体験の総てが、ダイブにより置き換わった後の世界の『記憶』にも存在していたけれど、それらの記憶はなんだか現実味がなく、総ては自分の夢──ダイブではない、ドリームなのではないかと思えてしまっていた。
少なくとも、あのドイツ人実業家にそれとなく聞いてみるとか、彼、葉山の情報をインターネットで調べるとかすればもう少し明らかになるだろうこともあったけれど、あえて何も確認せずそのまま『記憶』を頼りに行動してみた。銀座でもらったフライヤーにあった日付とテアトロの名前は覚えていたので、その情報から彼へと辿り着いたのだ。
そんな再会だったから、今日ここで彼の演奏を聴けたこと自体があたかも運命かのように感じられた。その一方で、『運命』という言葉を使うことで、一人で勝手に高揚してしまっているだけのようにも思われた。
全てのプログラムが終わり、人々が三々五々出口へ向かうのに混じってギイも席を立った。
他の出演者が見送りに現れた中、やはり彼はそこにいなかった。だから強いて楽屋を訪ねたりはせず帰路についた。接触嫌悪の葉山に負担を掛けたくなかった。何か問題を抱えているのであろう彼にたいする同情は以前よりも強くなっていたけれど、どうしたらいいのか、どうしたいのかさえ自分でもまだよくわからなかった。
ただ、偶然ベルリンで出会ったこと、銀座で再会したこと、もらったフライヤーの日程を覚えていたこと、丁度自分がミラノを訪れたこと、それに何よりダイブによって祠堂の『記憶』を──彼と『出会っていた』過去を得たこと。
そうした『偶然』のすべてが、自分が歩むべき道を指し示しているように思えたのだ。
そして、彼がおそらく曲目を変更してまでツィゴイネルワイゼンを演奏してくれたことも。
ホテルに戻ると、やはりそれまでは高揚していたのか、帰り道までは忘れていた風邪が少し悪化しているような気もした。
熱めのシャワーを浴び、食事を忘れていたことに気づきルームサービスをとった。軽く食事をしてキャロルが準備してくれていた薬を飲むと、少々目眩がする熱を帯びた身体を持て余してすぐにベッドに横になった。


(Where do I have to go?)

……その夜、夢を見た。
自分は湖畔で独り佇んでいる。これは今よりもずっと幼い頃の夢だ。あの頃はよくこうして水面を見つめ考え事をして、時折水に呼ばれそうになることもあった。この光景は今でも自分の中に心象風景としてわだかまりつづけているし、時折こうして夢にも登場する。ギイは自分自身の克服すべき弱さだと思っている。
ふと水面から顔をあげると、反対側の水辺に彼が、葉山が居た。
こんなことは、初めてのことだ。
ギイと同じように水面を見つめていて、見えるはずもないのに、その眸にゆらゆらとさざめく水面が映っているのが見えるような気がした。
なぜか胸騒ぎがして、自分のかわりに彼が水に飛び込むのではないかという妄想が頭をよぎり、大声を出した、つもりだった。
叫んだつもりなのに声が出ない。
焦って何度も呼びかけようとするのに小さな声さえ出てこない。
彼はついに、一歩を踏み出した。




大量の汗をかいて目を覚ました。
のろのろと起き上がり、ふたたびシャワーを浴びる。
たくさん汗をかいたおかげか、シャワーを浴びてしまえば頭は少しすっきりしていた。
シャツとアンダーウェアだけ身につけて、スーツケースから例のガジェットを取り出した。これまで旅行等には持参しないようにしていたものだけれど、世界が置き換わってからは持ち歩くようにしていたのだ。
付属の薬を口に含んで、残っていたレモネードで流し込む。慎重に装置をセットアップし、少し考えてから専用のタブレットでミラノを選ぶ。
やがて心地よい眠気が訪れて、ギイは夢の中にダイブした。







↑ past ↑
the Longest Night in June
↓ future ↓






11

せりふ Like
!



恋は桃色
恋は桃色:トップページへ