恋は桃色
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……うるさい。
さっきから、どうやらスマートフォンが鳴り続けているようだ。
アラームではなく、誰かが電話を掛けてきている音だ。朝っぱらから一体誰だ。
ギイは半分眠ったままの意識で腕だけをなんとか動かして、スマートフォンをとると耳元にあてた。サイドに触れれば応答するように設定しているので、すぐに通話が始まる。
「ギイ? 起きてます? そろそろ準備しなければ間に合いませんよ」
「……お前は何者だ」
馴れ馴れしい男の日本語に、不快よりも不可解な気持ちで思わず素直にそういうと、男はため息をついたようだった。
「あなたの秘書の声すらお忘れですか。昨夜はお酒を召し上がりすぎたようですね」
「……島岡か」
「思い出して頂けましたか」
その名前を『思い出した』途端、すべての『記憶』がつながった。
祠堂に進学することになり、父は秘書室の最若手だったこの島岡を自分につけてくれた。それ以来、上司と秘書というよりも兄弟か友人同士のように心安い関係をはぐくみ、ギイにとって彼は貴重な得がたい部下となってくれていたのだ。
彼との会話は記憶の中のものを除けば初めてなのに、懐かしくてたまらなかった。
「ありがとう、島岡」
「どういたしまして、ご準備くださいね。三十分後にキャロルがお迎えにあがります」
ではなくて、オレの『過去』に参加してくれて、本当にありがとう。
ギイは体を起こしベッドサイドを見た。そこには昨夜使ったままのガジェットがそのままにあった。よし、『昨日』の続きだ。
すぐに起き出して、カーテンをざっと開ける。
高層階なので、見慣れたニューヨークの街が一望できる。
見慣れた街、昨日の続き。けれど昨日までとは全く違う『今日』だ。
ギイは浮き立つような気分でシャワーを浴び、身づくろいをした。
島岡の電話からきっかり三十分後に、見慣れた金髪巻き毛のキャロルがやって来て呼び鈴を鳴らした。
『おはようございます、ギイ。島岡はすでに現地に入っておりますので、私がお送りします』
『ああ、よろしくな』
ダイブ以前の彼女は、ギイのことをボスと呼んでいた。今は島岡がいるので彼女は第二秘書となってしまったが、自分のことをギイと愛称で呼び、以前よりも親しみをもってくれているように思える。勿論、以前も忠誠心厚い秘書ではあったのだけど、今は敬意をそこなわずしかしフランクに付き合える関係ができている。それはきっと、二人の間に島岡が入ってくれたおかげだろう。
この二人との関係だけでも、まずは大きな収穫だった。



「過去を変えたって? まさか」
ビデオ通話で状況を報告をすると、幼馴染は信じられない、とでもいうような表情で目を瞬いた。
「本当にそうだとしてだよ、僕は何が変わったのかまったくわからないし、逆に義一くんはなぜ変わったことを認識できているのかがわからない」
「そうだよな、オレもそう思う」
「やっぱり、以前相談したように観測者を準備すべきだったようにも思うけど……でもこれでは、観測者をおいても状況は変わらなかったかも知れないね」
佐智は気持ちを切り替えたようににっこりと微笑んだ。
「ある意味、夢だよね。あの時こうしていたら、という『IF』の選択肢を選んでみるっていうのは。義一くん、世界はいい方に変わったのかな?」
「ぐっと良くなった、と思う。少なくとも、オレの周囲に関しては。ただ……」
「ただ?」
首を傾げて続きを待つ幼馴染に苦笑でごまかして、ギイはその先を心の中でだけ言葉にした。
問題は、あった。
ギイは重要なある事実をも思い出していた。
葉山託生は、祠堂では自分の同級生だったのだ。





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