恋は桃色
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ディナーも早めに切り上げて別宅の自室に戻り、状況を整理しようとギイはベッドの上で天井を見上げた。
佐智に借りたガジェットは、使用者をダイブさせる──夢を見せるだけのものだ。それは間違いない。
ガジェットで最初に行った東京へのダイブは、確かにジュニアハイの頃父と会話を交わした体験そのままだった。だけど、夢だと思ってそのまま外出し、夢の中でも街中で彼女ら友人達に出会って話をした、それは過去の体験とは異なる展開だった。
夢だからと思い、そして彼女の兄の数年後の運命を思い、軽い気持ちで留学を再考するように話をした。その後、自分の今の年齢に至るまでに、国内での研究が進み分野によってはトップにたつことも主に彼女に聞いて知っていたから、それを自分の情報や予測の形で話してみた。夢だとわかっていたから、それで彼女の兄を救おうとか役に立とうなどと思わなかったし、そもそも過去を変えられるだななんて全く想像もしなかったことだったのだ。
けれど、実際には過去が変わってしまった。
彼女の兄は留学には行かず、当然事件にも巻き込まれなかったのだという。
それだけならまだしも、進路の変更はギイの話がきっかけだったと言った彼女の言葉だ。
あのダイブの最中の邂逅そのものが、実際に起こったことになっていたのだ。
あるはずのない出来事だった。
けれど、あのダイブのせいだとしか思えなかった。自分の記憶違いとか、何らかの理由で彼女が嘘をついたとか、そういうことも可能性としてはゼロではない。ただ、どうもそうとは考えにくい。だから本当だったら一番考えられないはずの、『夢の中で過去とは違う行動をしたら、それによって過去とそれにつながる現在が変化した』という案を採用するしかない。
仮に、そうであるとすれば。
ギイは寝返りをうった。
恵比寿にあったはずのコーヒー屋が品川に開店していたらしいのも、何らかの過去改変の影響なのかもしれない。「バタフライ・エフェクト」というのだろう。ちいさな蝶の羽ばたきが空気をほんの少しふるわせ、それがほんの少し周囲に影響を及ぼし、次第次第に変化が伝わって、終いには多大な異なりが生じてしまう、というあれだ。彼女の兄が進路を変更したというだけで、思っても見なかった影響が思ってもみない場所に現れているのかもしれない。
そこまで考えたところで、ふとおかしなことに気づく。自分の意識だけは変わっていないのだ。元の、彼女の兄が留学に行き不幸にあってしまった世界を覚えている。一方、彼女はそんなことがあったことすら知らない様子だった。当然ながら、兄の危険をほのめかしてくれてありがとうギイ、などとは言わなかった。
それに、東京以外の場所ではどうだったのかもわからない。記憶が確かなら、東京の後にもリゾート地や観光地ばかり三度ダイブした。どこも行ったことのない土地だったし、短い時間で済ませてあまり自分の痕跡を残さなかったので、自分のダイブでの体験が現実化しているのかどうかは確かめられそうになかった。
……これ以上は考えても意味がなさそうだった。なぜダイブでの出来事が現実化したのか、なぜ自分だけが変わる前の世界を覚えているのか。その原因は、おそらく一人で考えてわかるものではない。あのガジェットを開発した人間に話を聞くよりほかはない。
ギイは身体を起こすとPCを立ち上げ、連絡先を聞いていたガジェットの開発者と佐智とにアポイントメントを取るためのメールを書き始めた。


(Where do I have to go?)





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