恋は桃色
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(Where do I have to go?)

年が明け、久々に仕事で日本を訪れることになった。それも途中丸一日の休みを挟んだ日程なので、ギイはしばらくぶりに浮き立つような気持ちで成田に降り立った。時間に余裕をとっているので、運が良ければもう少し自由時間が増えるかもしれない。
運が良ければ。良くなければ──不測の事態が生じ休みは削られていくだろうと覚悟はしていたけれど、有能な秘書がやりくりしてくれたようで、他の日の予定は増えたものの休日はそのまま確保できた。
やりたいことはいろいろあった。夜は日本在住の友人たちとディナーの約束があったけれど、午後の数時間は気に入りの古書店などを訪れるつもりだった。
恵比寿から青山方面へぶらぶらと徒歩で移動し、目当てのひとつであるコーヒー豆を売る店を目指す。いくつかの店に勤めながら研究をかさねたという店主が一人でやっているこじんまりとした店で、ギイ好みの豆もあり店主とのおしゃべりも心地よい店だった。
けれど店があるはずの場所に近づいても、記憶にあるクリーム色の壁に煉瓦色の庇をもった店は見つからなかった。確かここだったはず、という場所には藍染ののれんをかけたユニークな店があった。ほんの一年前には訪れた場所なので、くだんのコーヒー豆の店が閉店したにしても様子がおかしかった。建物の形が全く異なるのでどう見ても居抜きではなく建て替えているようだし、それにしては短期間すぎるように思えたし、目の前の店は開店直後という感じでもなかった。何かの記憶違いかとも思ったが、記憶力には自信のあるギイなので、不可解さはぬぐえなかった。
仕方なく右隣の文具を扱う店に入ってみた。数度入っただけだけれど、こちらの店には覚えがある。カラフルな輸入文具の楽しい店内も、今の気分ではあまり楽しむ気分にはなれない。ギイは見覚えのある店員を見つけ尋ねてみた。もし店が変わったのなら知っているはずだと思ったからだ。ところがその店員は、隣りは既に三、四年前から同じ店で、その前は駐車場だったと断言した。
衝撃を顔に出さないように努めながら礼を言って店を出ると、ギイは不可解さに困惑しながら歩き出す。妙な胸騒ぎもする。
ふと思いついてスマートフォンを取り出し、記憶にある店名で検索をしてみた。店名は一般名詞だったので飲食店などがいろいろと挙がってしまい、随分動揺しているなと自分で思う。店名に加えてコーヒー豆というキーワードを入れなおして再度検索すると、品川駅の近くの店が候補に挙がってきた。その店のページを開いてみると、インフォメーションのページには見覚えのある店主の顔写真があった。
一体、どういうことだろう?
自分の頭が変調を来しているのだろうか?
目的の古書店へと向かう気も失せて、それでもぼんやり歩いていると、少し前から声がかかった。
「ギイ? 久しぶりじゃない、日本に来てたんだね」
つい俯いていた顔をあげると、先日ダイブの最中にも再会した友人だった。ダイブの中は十年以上も前の世界だったので、いきなり相手が十歳ほども年をとったようで怯んだけれど、適当に話を合わせつつ近くのカフェに少し付き合うことにした。
彼女はアメリカのジュニアハイ時代の友人で、父の仕事についてアメリカに来ていたので、やはり父についてジュニアハイの終わり近くに日本に戻っていた。一家で理論物理学に非常な興味がありまた詳しく、それはギイの苦手とする分野でもあったので、いろいろと教示を得ている友人なのだった。
今日もそんな話題を中心に会話を進める中で、おかしなことに気がついた。
「それでカミオカンデの観測データはわかったんだけど、兄はまだ納得していないの」
「話の腰を折ってすまないが、君、兄さんがいたのか?」
「いるよ? あれ、話したことなかったっけ?」
そんなはずないと思うけどと首を傾げる彼女に、兄がいることは知っているんだが、とギイは心の中で独りつぶやく。
ギイの記憶では、彼女の兄は数年前、留学中にある外国でのテロ事件に巻き込まれて亡くなってしまったはずだった。だから、本当は君の兄はまだ存命なのかと尋ねたかったのだ。
「すまん、誰かと勘違いしていたみたいだ。思い出した。どこかに留学していた兄さんだよな」
「ああ、留学するかもって話はしたんだよね? 結局やめたのよ。そうだ、ギイ覚えているかな、中三の頃に、やっぱりこうやって偶然会ったとき、欧州より日本の関連事業のほうが伸びそうだなんて話を教えてくれたの。あれがきっかけで兄といろいろ調べて、考え直したんだよ」
思わず、背筋がぞっとした。
その会話はよく覚えていた。それは、ダイブの中での出来事のはずだった。





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