恋は桃色
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(Where do I have to go?)

十二月も後半に入って、やっと二日弱の休みをとることができた。クリスマス休暇も近いから遠慮するよ、などと言おうとは全く思わなかった。
久々の休暇を、あまり友人に会う気にもなれずにギイはほとんど自宅で過ごした。ジムに行き、後は部屋で溜まっていた本や雑誌、インターネットの記事を読んだり、気になっていたビデオプログラムを観たり、勿論あとはよく寝ていた。
二日目の夕方になってやっと、ちょうどリサイタルのためにアメリカに来ているという幼馴染の佐智と夕食をとることになり、ぶらぶらと出かけることにした。
指定されたイタリアンレストランに行くと、すでに麗しき幼馴染はギイを待ちかねていた。背中の途中までの長い黒髪が、彼の中性的な魅力を際立たせている。
「義一くん、久しぶり」
「久しぶりだな、一年ぶりくらいになるんじゃないか」
久闊を叙して、メールやSNSで互いに情報は得ていたものの改めて近況を交換しながら料理を楽しんだ。
しばらくぶりの和やかな一時を過ごし、ドルチェに至ってふとギイはドイツでの体験を思い出した。
「佐智はハヤマタクミってバイオリニスト、知ってるか?」
「ああ、葉山託生くんね、知っているよ。僕らと同い年だよ。どこかで会った?」
「会ったというか、あるパーティーで演奏を披露していたのを聴いただけなんだ」
佐智は少し首を傾げ、言葉を選びながら続ける。
「義一くんが好きだったらごめんね。正直、あまり僕好みのバイオリニストではないんだ」
「そうか」
「うん、義一くんがどう聴いたかはわからないけれど、なんというか、感情が全く乗らない人なんだ。あそこまで無機質なのも珍しいくらいだよ。口さがない人は、機械みたいだとか人形みたいだとか言っている」
ギイは頷いて、彼の演奏を思い出す。オーケストラとかけあって、楽しそうに弾いていた佐智のツィゴイネルワイゼンとはまったく異なっていた。あの曲はロマの民謡を元にしていると聞いているし、きっと佐智の演奏はあの曲の本来の良さを引き出せていたのだろうと思う。
彼の演奏は孤独で、原曲からは遠く離れていたように思う。けれど静謐で凛としていて、まさに音で頬をはられたような衝撃をうけた。
先日のドイツ人も、彼のセンシティブさが昇華されて魅力になっていると感想をいっていたし、一般受けはしないまでも、一部にファンをつくることは十分可能な、そういうバイオリニストなのかもしれない。
佐智もまた、少し言葉を探して先を続ける。
「だけど……彼は技巧は素晴らしいし、そこに見える個性も興味深いものがあるから、彼が──言葉は悪いかもしれないけれど、もう少しだけ『人間らしく』なったら、とても素敵なバイオリニストになるだろうなとは思っているんだ」
勿体無いよ、と心底残念そうにそういうと、佐智はいたずらっぽく微笑んだ。
「手っ取り早く、彼、恋でもしたらどうかななんて思ってはいるけれど。でも人とかかわるのが好きではないみたいだし……ま、そこまでは余計なお世話だよね」
──恋?
あの孤独な、コミュニケーションが極度に苦手だという青年が?
ファルスめいたちぐはぐさに、ギイもつい苦笑いしてしまった。
「それはそうと義一くん、ここのところ随分忙しかったようだけれど、ちゃんと気分転換できてる?」
「やっと休みがとれたから、こうしてゆっくり食事をしてるんだ」
まあね、と軽く受け止めて、佐智は少し前のめりに、そして小声になった。
「ここだけの話、父の関係の会社で開発中の機械があるんだ。気分転換にとってもいいよ。義一くん、興味あるかなと思って」
「開発中のもののことを、部外者のオレに話してしまっていいのか?」
「信頼できるモニターということで、既に了解を得ているよ。ことによっては、義一くんのところの関連会社の協力を仰ぐことになりそうだって、そうも言っていてね」
ギイは少し考えて、場所を変えようと佐智に提案した。





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