恋は桃色
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 部屋に戻ると、ギイは自分のベッドに寝転がって休んでいた。やはり疲れているのだろう。寝てしまったのかもしれなかった。
「………ギイ?」
 託生がおずおずと声をかけると、ギイはゆっくり身体を起こしてこちらを見た。託生が手にしているものを見て、少し目を見開いたようだった。
「それ………?」
「包帯。吉沢くんにもらってきたんだ」
 パッケージに入ったままのやや幅広の包帯を、両手で胸の辺りまで持ち上げてみせると、ギイはしばしあっけにとられたような顔をした。無言のギイに、託生はふと不安になる。
「あの、ギイ? もしかして、お節介だったかい?」
「いや、そんなことはないが………それ、どうするんだ?」
 どうって、巻くんである、包帯なのだから。もちろん問題は、どう巻くか、なのだけれど。
 託生はギイの傍らにベッドを沈ませて座ると、包帯のパッケージをやぶり開けた。
「うん、ぼくも巻き方がよくわからないんだよね。ギイ、今日のは病院で巻いてもらったんだろう。包帯とる前に、一度見せてくれればよかったのに………あ、でもギイ、記憶力いいし、もしかして覚えてたり、する?」
「………や、あんまりきちんと見てなかったから」
「だよね。吉沢君に一応、巻き方を習ったんだけど、うまく出来るかなあ」
 託生は少し眉をしかめながら、筒状になった包帯の端を慎重にひきはがし、目線をあげた。まだとまどい顔のギイに、小声で促す。
「腕、貸して」
「あ、ああ」
 差し出された腕に一瞬怯んだけれど、託生は意を決して包帯をあてがった。後は少し眉を寄せたまま、教えられた手順を思いだすようにちいさく呟きつつ、くるくると包帯を巻き付けていく。時々手と手が触れ、位置を変えたりしながら、じっと包帯だけを見つめて慎重に作業を続けた。やがて困った顔をあげる。
「………不格好、だよね」
「や、これで充分」
 おしまいまで巻いてしまった包帯は、やけに分厚く不均等で、お世辞にも正しい巻き方とは言えそうもなかった。けれどギイは、晴れやかに笑っている。託生もほっと息をつきつつ、包帯の末端を折り込んでいるギイを見て、はっとそのことに気づいた。
「あ、とめるものがなかったね」
「うん? セロテープがあったじゃんか」
「えっ」
 絶句しかけたものの、確かに他に良い案も思いつかなかったので、託生はギイにうながされるまま、しぶしぶセロテープをちぎってやった。不格好な包帯の上にセロテープがきらきらしている様子は、いかにもあり合わせという感じすぎて、ギイには似合わないような気がした。当のギイは機嫌良さそうにしているのだけれど、託生はやっぱり気になってしまう。
「これ、明日さ、保健の先生になおしてもらったほうが、いいかも。ちょっと、見た目イマイチだし」
「平気だって、別にオレは気にしないし」
「見た目だけじゃなくって、効果のほどもアヤシイし………念のため、保健室に行ってよ」
「わかった。それじゃ、一応行ってみるよ」
 ギイは苦笑すると、じっと託生の眸を見つめて言った。
「サンキュな、託生」
「………うん」
 まっすぐなまなざしに、ついうつむく。託生の手の中には、包帯のパッケージの残骸だけが残っている。目線をずらすと、またギイの不格好な左腕が目に入った。
「ごめんねギイ、ぼく、全然気がきかなくて」
「そうか? 包帯もらってきて、巻いてくれたじゃんか」
「うん、だって………ぼくも何かしなきゃって、思って。赤池くんとか、気を使うのがうまくて、けどぼくは、何もできなくって、………だから」
「そんなの、気にすることないだろ」
 やさしい声に、託生はまたうつむいた。
 さっきから、ギイの微笑みを見るごとに、罪悪感がつみかさなっていく。つい視線を泳がせてから、口をひらく。
「それは、だって、気にするよ………だって、ぼくは」
 それだけ口にすると、言葉をきって、床の一点をみつめてしまう。どうしても、ギイと視線をあわせられなかった。
「ぼくはギイ、君の………恋人に、なりたいんだ」
「託生」
 ギイは息を飲んだようだった。ふたりとも口をつぐんでしまって、つかの間沈黙がおりた。
「………ありがとう」
 やがてきこえたギイのちいさな声に、託生はふっと肩の力をぬいた。顔をあげて、そっとギイと目をあわせる。ギイはずっと託生を見つめていたらしい。
「ギイ、でもたぶん、だから………、ぼくはたぶん、嫉妬しただけなんだよ………ごめん」
「………謝ること、ないだろ」
「ううん、だって、ギイのためじゃないんだ。他の人に負けたくないって思っただけなんだよ、ぼくは」
 ギイが包帯をほどいた様子を見て、つい衝動的に、部屋を飛び出してしまった。自分は気が利かなくて、知識も経験も乏しくて、接触嫌悪症で、ギイの役に立つことなんて、何一つ出来ない。
 けれど、ギイを誰かに奪われてしまうかもしれない、という想像は、託生の心をやいた。誰か、たとえば自分よりもはるかに美形の高林や、ギイのことをきっとよく理解している、気のつく赤池。あるいは、彼らではないにしても、ギイがケガをした時には、包帯くらいは巻いてやれる誰か。ギイのためには、もしかしたらその方がいいのかもしれないと思う。でも、どうしてもイヤだった。だって、ギイは託生の気持ちを受け入れるといってくれたのだ。
 手を伸ばせば、そこに見えている願いだ。今までたくさんのことを諦めてきたけれど、どうしても諦めたくない。
 だから、きちんとギイの恋人だと思えるようになるためには、今のままではいけないのだと思った。麻生は自分はギイに不釣合いではないといってくれたけれど、それはたぶん、努力しなくてもよいという意味ではないはずだ。
 空の太陽に、この手を届かせるために───ロウの翼をもったイカロスのように、なってはいけない。宇宙船でも魔法でも、何か別の方法でも、太陽をしっかりとつかむ方法を考えなければいけない。そうでなければ、ギイの恋人を名乗ってはいけない、そんな気がする。
 これも麻生がいっていたように、ギイはただものではないけれど、ただの人なのだから、こうしてケガもするのだ。その時に、きちんと助けられるパートナーにならなければ。
「託生」
 ギイはやさしく名を呼んで、確かめるように託生の顔を覗き込んだ。
「それでも、託生がオレのためにって考えてくれて、うれしかった。ていうか、嫉妬してくれたんなら、それもうれしいし。なあ託生、オレにさわって平気だった? オレ、託生が包帯巻いてくれるなんて、驚いた」
「それは、これくらいなら、なんとか」
 がんばった、というか、なるべく考えないようにしていたのだ。だって、他の誰かにまかせたくなかったから。
 ギイは少し首をかしげてから、自由な方の右手で託生の腕にふっと撫でるように触れた。黙っていると、さらに軽く腕をつかまれてぞわっと鳥肌がたち、託生は思わず振り払ってしまう。
「………ご、ごめん」
 ギイは答えずに、上にむけた手のひらを見せて、問いかけるように微笑んだ。まなざしにうながされて、そっと自分の手を載せる。嫌悪感が走りかけて離そうとした瞬間、ギイの声が頭上から響く。
「託生」
 はっと顔をあげると、ギイが悠然と微笑んでいた。
 その笑顔に、改めてギイが好きだと思う。託生は小さく息を吐いた。その様子をうかがいながら、ギイはそっと手をはずして口をひらく。
「一つ、頼みがあるんだ」
「なんだい? なんでも、言ってくれよ」
「目を」
 ギイは言葉を切り、口元をひきあげて少し笑う。
「………閉じていてくれ」
「うん?」
 その言葉に何の疑問もなく、素直に眸を閉じた。
 一拍おいて、くちびるに何かが触れる。
「あっ」
 ぱっと眸を開けると、いたずらっぽく笑うギイが居た。
 ───今の、キス、だよね?
 託生は顔に熱があつまるのを感じた。ほんの一瞬のキス、そんなはずもないのに、彼の熱を感じた気がした。
「………ん、あれ?」
 託生はふと首をかしげ、おそるおそるといった様子でギイのひたいに手をあててみた。
「なんだ?」
「ギイ、熱があるんじゃないかい」
「………そういえば、なんだかだるいな」
「ごめん、寝ようとしてたところだったんだよね。明かり消そうか? ぼく、お風呂使ってくるから、寝ててくれよ」
「あ、おい託生………」
 あっけにとられた体のギイを残し、託生はあわててベッドを立った。
 バスルームに逃げ込んで、バスタブの蛇口を思い切りひねると、ほうっと息をつく。思わずくちびるに手をやってしまって、また頬が熱くなる。
 この熱はきっと、気のせいでもなければ、ギイの体温でもない。
 あの太陽のようなギイに近づいて、平気でいられるはずもないのだ。だから、これで構わない。
 少しくらい焦げても、やけどをしてもいい。これからは、きちんとまっすぐに、彼に向かっていこう。そう決めた。













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