恋は桃色
恋は桃色:トップページへ










 1



 九月の祠堂は、体育祭やら文化祭やらの準備におわれ、結構に忙しい。
 二学期がはじまって最初の評議会に参加したギイは、他クラスの級長、つまりギイと同じく評議員である矢倉柾木と並んで学生ホールで涼んでいた。
「あーあ、まだ休みボケも治ってないってのに、もう文化祭のこと決めなきゃならないんだよなあ」
 矢倉は評議会で配られた資料をぱらぱらめくり、ぼやいている。
 その情けない声に、ギイは苦笑した。
「おいおい、級長がそんなで大丈夫なのか、お前のクラス」
「何しろ祠堂に戻ってくるだけで、小旅行みたいなもんなんだ、ちょっと一息つきたいとこだろ………と、」
 手にしたコーラをひとくち飲んで、矢倉は眉を片方持ち上げた。
「あれ」
 矢倉の指し示す方を見ると、葉山がホールに入ってきたところだった。連れだった級友と親しげに話しながら自販機に向かい、飲み物を購入している。
「葉山って、ギイのクラスだろ?」
「ああ」
「へえ、人間嫌いってウワサだったけど、友達居たんだなあ。あれって片倉利久だろ」
「ああ。ルームメイトなんだ、二人」
 何とはなしに見守っていると、葉山と片倉はギイ達の座っている方へと歩いてきた。こちらに気づいた片倉が、屈託のない笑顔を送ってくる。
「あれ、ギイじゃん、何してんの?」
「暑いから涼みに来たんだ。二人は?」
 同じだと笑って何となく立ち止まった片倉に、ギイは思いついて手元の資料を振って見せた。
「そうだ。次のホームルームで、文化祭の出し物考えるからさ」
「文化祭、来月だっけ」
「そう。片倉も何か考えておいてくれよ」
「俺、あんまりそういうの得意じゃないからなあ」
「こういうのはクラス全員で協力しないとな」
 困惑顔の片倉に笑いかけて、その隣りに視線をうつす。
「葉山もな」
 そう突然ふられて、葉山は少し驚いたような顔をしたが、すぐに素直に頷いた。
「う、うん。考えてみる」
 立ち去る二人を見送って、矢倉はくるりとギイに振り返った。
「ギイ、葉山と仲いいんだ」
「はあ? 別に、普通だろ。クラスメイトなんだし」
 軽く眉を寄せたギイに、矢倉は一瞬黙ってからこう言った。
「訂正。ギイ、葉山としゃべれるんだ」


 アメリカ人のギイが、日本の、それも全寮制の高校に入ったのは、おおまかにいえば祠堂が父の母校だった、という理由からだった。
 父に入学を勧められた当初は、ギイ自身は正直その気になれなかった。いくら自分が日系人で日本文化にも慣れ親しんでいるとはいえ、アメリカ生まれアメリカ育ちのギイにしてみれば、異国の高校に三年間も通うということに、あまり積極的になれなかったのも当たり前のことだろう。
 だが、ギイ自身も以前から尊敬していた父の友人達が、軒並み祠堂の卒業生であったという事実や、ギイも尊敬しているある著名な事業家も祠堂出身だということを知るにつれ、次第に祠堂に興味を持つようになった。もとより大学は国内の名門へ進むことを決めていたし、特にスキップなどの予定もなく先を急ぐつもりもなかったので、異文化に触れてみることもひとつの経験かと思い、祠堂への進学を決めた。
 そうして実際入学してみれば、祠堂での生活は、予想していた以上に刺激的で楽しいものだった。期待した以上に個性的な先輩や友人を得られたし、窮屈そうだった寮生活も意外と楽しく、ギイは祠堂での留学生活を謳歌していた。
 ただ一つ面倒なのは、校外の女性や、あるいは校内外の男性からも、しばしばモーションをかけられるということだった。これはギイにとっては、有り難くも面倒なことであった。アメリカでは男女問わずに気楽なつき合いも楽しんでいたギイではあるものの、さすがに全寮制の狭いコミュニティの中では、そうした行動は憚られるような気がした。新しい友人達の通念の中では、そうした行動はあまり歓迎されないだろうと思われたというのもある。
 だからギイは、校内校外、男女を問わず、自分に気がある相手はなるべくその気をそぐように立ち回り、告白や誘いかけをなるべく回避していた。軽いニュアンスであろうが本気であろうが、応えるつもりがまったくないのだから、互いのために出来る限り事前に対処してしまいたかったのだ。勿論、そうした対応が無理な場合もままあったが、告白を受けた際にはさらりと、そしてきっぱりと断るようにしていたのだ。
 だから、つまり葉山託生に対しても、いつものように断った、つもりだった。そしてその後の対応も、ギイとしては、普通のクラスメイトにするのと同じように接しているつもりだ。それはこれまでとも変わりない対応だし、特別扱いはしていない。
 これまでと違うのは、声をかければ葉山が律儀に反応するようになったということであり、そしてそれは、傍目には大きな変化に見えるらしいのだ。葉山がギイにはごく普通の応対を返している、というだけで、二人が親しくなったかのように思われてしまうのは、これまで葉山がそうしたごく普通の友人づきあいからへだたっていたからだ。そんな状況を思えば、葉山に同情してしまうのも当然のことだと、ギイはそう思う。
 ギイとしては、葉山や周囲に誤解されることは避けたかったが、出来れば葉山とは、ごくあたりまえの友人同士になりたいと思っていた。それに葉山自身は、告白の折にもその後にも、ギイに何かを期待するようなそぶりは見せはしなかった。だから、ギイはただの友人として、葉山に対応しようと心に決めたのだった。
 告白の件があってから───いや、正確には、あの時葉山の素の笑顔らしきものを見てから、ギイはそれまで以上に葉山の様子に気を配るようになっていた。片倉と二人で話している時の葉山は、常にとまではいかないものの、時折とてもいい表情で笑うのだということに気づいた。
 いつも、あんなふうに笑っていればいいのに。そして、片倉だけでなく、他の友人の前でもそうして笑えばいいのに。
 ギイはそう思うと同時に、あんなふうに笑える葉山が、それでもなお他人を拒絶する態度というのは、いったいどこで作られたものなのかとたびたび考えた。祠堂で出会ったときから葉山はああだったのだから、何らかの事情があるとしても、それはギイには分かり得ないことなのだろう。
 葉山の事情は、そして内面は計り知れないけれど、知らなくても手をさしのべてやることはきっとできるはずだ───友人として、なら。ひとりの友人としてできる範囲で、葉山の力になってやりたい。ギイはそう心に決めていた。













prev top next 











3

せりふ Like
!



恋は桃色
恋は桃色:トップページへ