恋は桃色
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 男は一歩踏み出し、ぼくを諭すように、話し出す。
「あなたは義一様に依頼されて、我々の邪魔をしようとしているのでしょうけれど、義一様はわかっていらっしゃらないのです。こうすることが義一様のためになるのだ、と」
 ぼくの邪魔をしろという、島岡さんに与えられていた指令と、同じ目的なのだろう。やっぱりきっと、ギイを須田先生に会わせたくない人々がいるのだ。けれど、須田先生に会わない方がギイのため、というのはどういうことなんだろう。
 それがどういうことなのか、正直、気にならなくはない。
 けれど、ぼくはギイを信じているし、ギイ自身は『須田先生に出会う過去』を変えないために、ぼくをここに送り込んでいるのだ。それって、つまり歴史を変えないために、ということだ。
 だとしたら、どちらが正しいとか、ギイを信じるとかではない。
「あなたたちが何を狙っているのかは、わかりません。もしかしたら、あなたたちのいうとおり、「それ」はギイのためになることなのかもしれない。でもぼくは、歴史を、過去を変えることは、決していいことだとは思わないから。だから、ギイに協力しているんです」
「過去に飛んで、今ここでこうしているあなたがそれを言うのですか?」
 ひるみそうになるけれど、これは、ぼくを、言いくるめようとしている言葉だ。
「それは、だって、あなたたちが過去を変えようとしているからでしょう。だからギイは、それを止めるためにぼくをここに送ったんです」
 逆に彼に口をつぐませて、ぼくは言葉を続けた。
「ぼくには――ぼくだって、変えたい過去はあります。あのことがなければ、ああしていたらって、いつも思う。でも」
 自分の言葉に、いろいろな記憶がよみがえりそうになる。ぼくは思い出を振りきろうと、軽く首を横にふった。
「でもきっと、過去を変えたら、ぼくはぼくではなくなってしまうから」
 そうだ。
 変えられないから、だけではない。
 過去はすべて、ぼくをかたちづくるものだから。たとえこの驚くべき技術をもって、タイムスリップができても、ぼくは過去を変えようとは思えない。
 すべてがめぐり合わせで、すべてがぼくをつくりあげてきた過去で、「そう」でなければ、きっとギイに出会えてはいなかった。
 負け惜しみではなく、心からそう思う。
 そして、きっとギイもぼくと同じように考えたのだ。だから今、ぼくはここに居るのだと思うから。
「あなたたちがギイを須田先生から引き離すことで、何をどう変えたいのかは知りません。でも、それがギイのためだと思っているのなら、ギイをよりよくしたいのなら、たぶん、あなたたちの望むギイは今も未来も存在しないと思います。未来があなたたちの思い通りになんて、変わるかどうか、わからないじゃないですか」
 彼は黙ってぼくを見つめ、やがてふっと息をついた。
「聞いていた話とは、違うように思えるな……あなたが義一様の邪魔をするということは、ありえないように思えてきました」
 やはり、その言葉の意味はよくわからなかったけど、男の表情がさっきまでよりもずっと穏やかになったことはわかった。
「葉山様、今回のこと、あなたには迷惑でしたでしょうが……でも、お会いできてよかっ――」
 言い終わらないうちに、彼の姿は湧き出るような光の粒子につつまれはじめた。おそらく、この人もどこかの時代から来ていたのだろう。彼のタイムリミット、だったのだ。
 ぼくは時計を確認し、自分のタイムリミットもやってきたことを知った。
 すぐに、ぼくも光に――
「託生さん!」
 遠い呼び声に振り返ると、眼下の歩道、遠い先から義一くんがこちらを見上げていた。
「義一くん、油断しないで、早く先生のところに――」
 ぼくも、最後まで言うことはできなかった。強い光に目がくらみはじめる。
 最後に一目、と思い懸命に目をこらすと、義一くんが一生懸命、手をふっているのがかすかに見えた……
 
 
 
 
 
 























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