恋は桃色
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 同じバイオリンケースを提げて、なんだか不思議な感じだ……いや、中身すら同じものなんだった。冷静になってみると、超、超、貴重なストラディヴァリウスが、二挺もあるんである。合計でいったいいくらくらいになるのだろう。そのことを考えてしまうと、もう、とっても気が遠くなりそうである。
 義一くんは、ぼくのバイオリンケースを見て、自分の提げている方を見て、少しはにかんだように微笑んだ。
「おそろい、ですね」
 ……義一くんが嬉しそうなので、まあ、いいんだけどね。
「また未来からの刺客がいるかもしれないので、気を付けていきましょう」
「そうだね」
 午前中のうちに相談し、地下鉄をつかうことを決めていた。タクシーという手も考えたけれど、いざというときに臨機応変な対応ができないように思えたのだ。それに、人の多い場所を選んだほうが、敵も手荒な真似はできないだろう。
 最寄りの地下鉄の駅から遠くなる、崎家の裏口を出て、少し遠回りをしつつ駅に向かう。
 ついつい急ぎ足になり、ふと気づくと、義一くんは小走りに近くなってしまっていた。気がせくこともあって、体格の差を、ついわすれてしまうのだ。
「あ、ごめんね、少し早かったかな」
「大丈夫、です」
「そうだ、手、つなごうか」
 ぼくは足をとめずに、さりげなく片手をさしだしてみた。
 ギイとは普段、手をつないで歩くことなどそうはないし、そもそも人と触れ合うのが苦手だったぼくは、あまりこうしたことに慣れてはいないので、実はちょっと緊張しないでもない。
 けれど、今はぼくがお兄さんなので。
 なんとなく、そうすべきかなと思ったのだ。
「……」
 義一くんはぼくのさしだした手を見ると、無言で、おずおずと小さな手を預けてくれた。
「……なんだか、小さな子供になった気分です」
「実際、小さな子供、だからね。昨日もいったように、今は甘えてくれていいんだよ。将来、逆になるかもしれないんだから」
 かもしれない、というのは、ぼくの精一杯の強がりだけど。
 義一くんはぼくを見上げ、驚いたような、面白がるような顔をした。
「託生さんが、ぼくに甘えてくださることもあるんですか? それって、ちょっと楽しみです」
「うん、楽しみにしていてね」
 たぶん、義一くんが考えているのとは、ちょっと違うような気もするけれど。
 未来のことは、わからないほうが面白いよね。



 駅前はちょっとした広場になっていて、地下鉄への入り口につながる階段も、半地下になった円形の地下街の外周をぐるりとまわって降りるかわった形になっていた。
 その階段に向かおうと、広場を横切りはじめたところで、後ろからきた人影がすっとぼくの横に寄り添った。警戒しながら義一くんの手を引き寄せつつそちらに視線をやって、ぼくは驚いた。
「島岡さん」
「昨日は、失礼をしました」
 いまだ申し訳なさそうな顔の、若き島岡さんは、ぼく達をうながして歩きながら話を続けた。
「未来の義一様はああ仰いましたが、お役にたってなんとか挽回をしたいと思いまして。昨夜、あの後からお二人の周辺を見張っていました」
 なんと。
 律儀というか、なんというか。
「あの、ありがとうございます」
「いえ。それで、さきほどから少々尾行の数が増え、嫌な感じなんです」
 それで、忠告に来てくれたということか。
 でも、一体どうしたらいいんだろう。
「どうやらお二人は人目を利用して行動しようとされているようですので、さらに人目を惹きつけてはどうかと思うのですが」
「人目をひくって……どうやって、ですか?」
 島岡さんは無言で、ぼくの提げているバイオリンケースを指し示した。
 ……なるほど。
「ここで?」
「はい」
 ちょうど階段にたどりついたところで、下をのぞくと、ゆるやかな螺旋をえがく階段を降りきったあたりに、おあつらえ向きのひらけたスペースがあった。
「しばらく人目をあつめていただければ、私がなんとかします」
 どうやって、とは聴かず、ぼくは一も二もなく頷いた。怯んではいられない。どんな敵が、どうやってくるのかわからないのだから。
 それになにしろ、島岡さんには、これまでにも未来で何度も助けてもらっている。昨日の失態を取り返したい、という彼の気持ちに、ぼくも乗ろうと思ったのだ。























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