恋は桃色
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「それで、どうして託生さんにこんなことをしたのか、『ぼく』は言っていましたか?」
「うん……それなんだけどね」
 ぼくは少しためらい、けれど素直に話すことにした。
「ギイ、自分に――つまり君に、バイオリンをやめさせるなって言ってたんだ」
「え?」
 いぶかしそうな表情で、義一くんは首をかしげた。
「さきほども確認しましたが、未来のぼくは、もうバイオリンは弾いていないんですよね?」
「うん、そうなんだよ。だから、もう少し詳しく聴きたかったんだけどね。なんだか忙しそうで、電話もすぐに切れてしまったんだ」
「……ぼくがそんなことを言い出した理由、葉山さんには予想できます?」
「それが、さっぱり。さっきは言わなかったけど、正直言ってギイ、音楽的才能は壊滅的だから」
「ですよね」
「ごめんね、バイオリンを習い始めたばかりの君……義一くんがやめるっていうのを聞いて、もったいないと思っている気持ちは嘘じゃないんだ。だけど、ギイが――ぼくの知っているギイがバイオリンをやめたというのは、正直納得できる話でもあって、どっちも本当の気持ちなんだよ」
「託生さんのおっしゃりたいこと、なんとなくわかります。ただいずれにせよ、未来の『ぼく』が、バイオリンを続けるべきだったと後悔していた、という線は薄いようですね」
 義一くんは少し考えるようにしてから、口をひらいた。
「明日の十四時に元の時間に戻れる、というのは? 何か、その時間に意味はあるんでしょうか」
「技術の限界、っぽい言い方だったけれど。あ、でも、明日のレッスンに君を送り届ければ充分だって、そうも言っていたかな」
「明日……つまり、須田先生のレッスンということですね」
 あ、そうか、そういえば。
「ということは、バイオリンそのものよりも、須田先生がキイになると考えてよさそうですね」
「……そう、なのかな?」
 須田先生――ぼくも『明日』会いに行く予定だった、昔、少しだけ習っていた先生だ。もちろんそれも、あの事件……が起こるまでのことだった。あの時は、相当不義理なやめ方をしてしまったと思うのだけれど、須田先生はその後もぼくのことを気にかけていてくださったようで、最近になって、ありがたくもぼくにコンタクトをとってくださった。そして今回、ぼくの進路についての相談にのっていただけることになって、『明日』は数年ぶりに先生にお会いする予定だった――もとい、予定なのだ。ギイの言っていたように、元通りの時間に戻れるのなら、予定通り須田先生に会いに行くこともできるということになる。
 だから、ぼくにとっては恩師であるし、親切ないい先生だとも思う。けど、今ではバイオリンを弾いていないギイが、幼いころに須田先生に会わなければならなかった、というのは、正直いまいちピンとこない話である。
「ぼくの考えには、あまり賛同していただけていないようですね」
「うん、正直……あ、でも」
 ちょっぴりがっかりしたような義一くんに、ぼくはあわてて言葉をつづけた。
「ぼくにはよくわからないけど……でも、ギイがそういうのなら、きっと大事なことなんだろうと思うから」
 だからぼくは、ギイの願う通りにしたいのだ。
「だからね義一くん、ぼくは君に、予定通り須田先生のところに行ってもらいたいんだ」
 義一くんの目を、じっとみつめると、義一くんもぼくをじっと見返す。
「ダメかな?」
「……いえ」
 ぼくの目から視線をはずすと、義一くんは下を向いたまま、ふっと大人っぽく微笑んだ。
「未来のぼく自身と、託生さんがそうおっしゃるのなら、その通りにしようと思います」
「よかった」
 ぼくも、とんとん拍子で話が決まって、安心して微笑んだ。想像したよりもすんなりとことが運びそうなのは、ギイが言っていたように相手が所詮子供だから、ではなく、義一くんがギイと同じように思慮深かったから、だろうとは思うけど。
「託生さんは、ずいぶんぼくを――未来の『ぼく』を、信頼してくださっているんですね」
「え、それは、だって……」
 だって、ギイだから。
 というのは、理由にならないか。
 後に続く言葉がみつからないぼくに、義一くんはにっこり笑う。
「ぼくがお礼をいうのもおかしいのかもしれませんが、ありがとうございます」
「あ、うん、どういたしまして」
 義一くんにも、ギイにでさえ、お礼を言われることではない気もする。
 それでもやけにはれやかな義一くんの表情に、ぼくは反論せずに、笑顔を返した。























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