恋は桃色
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 5



 その時、突然電子音が鳴り響いた。
 義一くんと一緒に、ぼくもぎょっとする。
「な、なんですか……それ。PDA、ですか? 随分、小さいけど」
「ごめん、ぼくのスマホ……電話なんだ」
 義一くんはびっくりした目で、ぼくがポケットから取り出したスマートフォンを見つめている。そうか、この時期、まだスマホって出てなかったんだよね。と、そんなことよりも、だとしたらこの電話はどこから掛かってきているのだろう?
 ぼくはおそるおそる、ディスプレイの表示を覗き込んだ。
 そこには、当たり前のように『ハニー』の文字が点滅している。
 意を決して、ぼくはディスプレイをタップした。
「はい」
『託生?』
 ギイの、声だ。 
 ぼくはタイムスリップなんて目にあって、タイムスリップする前と同じようにギイと電話で会話してる。明らかにおかしな状況なのに、懐かしいその声を聞いただけで、ぼくは安堵のあまり涙腺がゆるみそうになった。
 ギイ、と呼びかけそうになって、ふと目の前の義一くんを思い出す。
「う、うん、ぼくだよ」
『無事についたか?』
「ついたか、……って、これって、君のしわざなのかい?」
『成功してればな。今どこだ?』
「ギイ……義一くんの、部屋、東京の。二〇〇四年」
 相変わらず雑音が入るスマホの向こうから、ギイの口笛が聞こえる。
『バッチリだな。十月一日の午後だろう』
「えっと、ちょっと待って」
 ぼくはスマホを耳から離して、義一くんに小声で問いかけた。
「あの、義一くん。今日って、十月の」
「一日です」
「あ、ありがとう」
 いろいろ気になっているだろうに、余計な質問もせずに、すぐに答えを返してくれるのがありがたい。聡いところは、スマホの向こうのギイもこちらの義一くんも、変わらない。ぼくはスマホを耳もとに戻して電話の向こうのギイに伝えなおす。
「その通りだよ」
『よし、ジャストだ。さっき話したとおり、託生に頼みたいことがある』
 ぼくはギイの言葉で、ハタとそのことを思い出した。
「まさか、……"君"に、って、もしかして」
 目の前の義一くんが気になって、あいまいに言葉を濁したけれど、すぐにギイが言い直してしまう。
『そうだ。"オレ"にバイオリンをやめさせないでくれ』
 ぼくはくらりと来た。
「む、無茶な」
『何が無茶だ』
「だって、ぼくなんかが一体、どうすれば」
『所詮相手は子どもだ、託生。何とでも言いくるめてやれ』
 ギイは簡単に言うけれど、子どもだとはいえ、相手はギイなのだ。ぼくが太刀打ちできるとは、到底思えないんだけど……でも、ギイ本人がこれほどまでに自信満々なのは、どうしてだろう?
『とにかく、タイムリミットは明日の十四時過ぎなんだ。丸二十四時間。託生をその時間軸に送っているのにも、限界があるからさ。オレの頼んだことも、その時間まで粘ってくれれば、それで充分。オレは……小さい方のオレは、明日の十四時頃、バイオリンのレッスンに行くはずだから、そこに送り届けてくれればいいんだ』
「タイムリミットって……じゃあ、元の時代に戻れるんだね!?」
『そんなところだ。出た時間と同じ時刻に戻るような形になるから、心配は要らない。時計、持ってるか? 時間を合わせろ。タイムリミットが来たら、未来から持ってきたもの以外は何も触らないようにするんだ』
 ぼくはギイに言われるがままに、腕時計の竜頭をまわして、秒単位で時計を調整した。
『託生……その時代で、誰に何を言われても信じるなよ。"オレ"だけを信じてろ』
「え? それって、どういう……」
 なんだか不穏な言い回しに聞き返すと、電話の向こうでなにやら電子音がした。またまた、忙しそうな雰囲気だ。
『すまん、こっちも色々あってな、慌ただしいんだ。また電話するよ。じゃ、託生。"オレ"を宜しくな』
「ちょ、待って……」
 叫んだ時には、通話は切れていた。
 まだまだ聞きたいことは、たくさんあったのに。
 ぼくはため息をついて、スマホを耳から離した。
 じっとこちらを見つめている義一くんに、ぼくは苦笑してみせた。
「どうなっているのかはさっぱりわからないんだけど、ぼくをタイムスリップさせたのは、未来の君みたいだね」
「えっ! ……ぼくの、せいで、こんなことに……」
 義一くんは驚いたように目を見開くと、すぐに申し訳無さそうな顔になった。
「すみません!」
「や、義一くんが謝らなくても……」
「でも、託生さんにこんなご迷惑を」
「それに、大丈夫だよ。明日の十四時過ぎには、元の時代に戻れるみたいだから」
「そうなんですか……」
 義一くんは、少しほっとした表情をみせた。
「少し、安心しました。それでは、それまで、ぼくが責任をもって託生さんをサポートします!」
「ありがとう、よろしくね」
 ぼくもほっとして、ふと思いつき、義一くんに手を差し出してみた。こんなふうにぼくから手をさし出したのは、たぶん初めてではなかろうか。
「任せてください」
 ちいさな手のひらと、固く握手をかわした。























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