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どうしよう、どうしよう。
ぼくは重たい頭で考えた。
ギイの不可解な電話に、奇妙な地震。
このタイムスリップに、何か関係があるのだろうか。
でもそれより、どうすれば元の世界に戻れるのだろう。
もし、このまま、なんてことになったら——
そんなことをうんうん考えて、ふと気づくと、小さくなってしまったギイが、じっと黙ったまま、ぼくの横に立っていた。
小さなギイはぼくの目を覗き込んで、心配そうに首を傾げる。今の、ぼくと同じ年のギイよりも明るい、ほとんど金髪の頭が、まるでたんぽぽのようでかわいらしい。
「大丈夫ですか?」
「あ……うん」
なんとかそれだけ答えて頷くと、小さなギイはほっとしたように微笑んだ。
その笑顔に、ぼくは心の奥のほうから、じんとあたたかいものがふくらんでくるような感じがした。
ギイ、だ。
いきなり見も知らない他人が庭で倒れていて、おかしな質問ばかりして。
きっと、とても困惑しただろうに。
混乱したぼくが落ち着くまで、何も聴かずに待っていてくれたのだ。
なんて、優しいんだろう。
それに、なんて大人なんだろう。
小さくてもやっぱり、ギイは、ギイなのだ。
ぼくも、こんな風にぐるぐる悩んでいるだけでは、だめだ。しっかりしなくては。少なくとも今は、彼よりも年上なのだし。
「心配してくれて、ありがとう。ごめんね、ちょっと混乱しちゃって」
ぼくは小さなギイに、なんとか微笑んでそう言った。
けど、一体どうしたらいいんだろう。
うまく説明できる自信は、全くない。
「あのね」
「はい」
ぼくが切り出すと、小さなギイは真剣な顔でじっとぼくの眼を見た。
「ええとね、信じてもらえないとは思うんだけど、……ぼく、君と同い年なんだよ」
「それは……つまり、……どういうことですか?」
「その、ぼく、未来から……来ちゃった、みたいなんだ」
あああああ。
自分で言っていて、そのあまりの無茶さに、情けなくなってしまう。
「えっと、そうだ」
ぼくはあわてて、ポケットに入れっぱなしになっていた財布をとりだした。
「これ、ぼくが通っている高校の生徒証なんだ、ほら、二〇一四年度ってなってるだろう?」
「……祠堂、学院、高等学校……ですか」
こんな年で、随分難しい漢字知ってるなあ……なんてぼんやり思いつつ、反応を待ったけれど、小さなギイは黙ったまま、眉にしわをよせた。
「あ、べつに、偽造とかじゃ……そうだ、年号のはいった、硬貨とかも、あるけど」
「…………」
うう、何をいっても、アヤシイ、我ながら。おろおろしてしまうぼくをよそに、小さなギイは無言で、ふっと生徒証から視線をはずすと、ためらいがちに口を開いた。
「あの、先程から気になっていたんですけど、それは葉山さんのものですか?」
「それ、って?」
小さなギイは、ぼくの足元のバイオリンケースをじっと見詰めていた。
「あ、そうだ!」
ぼくははっと気づいて、急いでケースを開いた。
さっきの衝撃で、どこか傷めたりしていないだろうか。
バイオリンを取り出して検分し、手早く調弦してみる。
「よかった、なんともなさそうだ」
ほっとしてため息をつくと、ぼくの作業を黙って見詰めていた小さなギイは、いぶかしそうな表情で首をかしげた。
「そのバイオリンは?」
「え?」
「失礼ですが、葉山さん、それをどこで?」
「えっ! あ、えっとこれは、その」
そうだった。これは、ギイのバイオリンなんだった。
もしかして、ぼくが勝手に持ち出した、とか思われている、のだろうか。
ぼくが説明に困っていると、小さなギイはまた少し首を傾げて、ぼくを見上げた。
「宜しければ、それを持ってぼくについて来ていただけますか」
そう言うと、小さなギイはくるりとぼくに背を向けた。
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