恋は桃色
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「託生……?」
 ギイの不思議そうな表情に、ぼくは急いで言葉をつけたした。
「ほ、本当なんだよ。ぼくは人間じゃないんだ、機械の――バイオロイドっていうんだけど、」
 ぼくが勢い込んでそこまで言ったところで、ギイはふっと微笑んだ。
「あ、やっぱりそうなのか」
「え?」
 あっさりとそう言い、納得したように頷いたギイに、むしろぼくが首をかしげてしまう。
「え、ええと、その。つまり、ぼくは人間じゃなくて、機械なんだ、けど、」
「機械っていうか、有機機械」
「あ、うん」
 ぼくのあいまいな認識よりも、正確で冷静なギイの言葉に、思わず首をかしげてしまう。
「信じてくれるのかい、崎くん」
「勿論。……こんなところで話すことでもないよな。場所をうつそうか」
 ギイは軽く笑って立ち上がり、ちらばったファイルを拾いはじめた。ぼくもあわててそれを手伝って、半分運ぶことを申し出たけれど、それは断られてしまった。


 先を歩くギイについていくと、たどり着いたのは、ぼくたちが使っているホームルームの教室だった。ギイは器用にファイルの山を片手で支えながら扉をあけて、ぼくを中に促した。
「素っ気ない場所だが、ここでいいか? この時間なら、ここが一番人が来ない場所だからさ」
「うん、その、手が」
「え? ああ」
 ギイの手の甲には、まだ血がにじんでいた。忘れていたというように顔をしかめたギイは、ハンカチを取り出すと傷をよけながら血を拭った。
 その赤の鮮やかさに、ついぼんやりと見蕩れてしまう。
 ぼくにはない、血の色。
 誰もいない教室で改めて向かいあい、ぼくは少し震える声で言った。
「崎くん」
「ん?」
「ぼくは、人間じゃないんだ、って言ったよね」
「ああ、聞いたよ」
 そうにっこり微笑むギイを、ぼくは不思議な気持ちで見つめていた。
「……驚かないのかい?」
「お前がバイオロイドだってことに? や、ちょっと驚いた。もしかしたらとは思ってたけど、いくら葉山博士とはいえ、既にこれだけの完成度に達していたとは思ってもみなかったからなあ」
「え?」
 ギイは少し苦笑すると、肩をすくめて言った。
「お前の兄さんは、葉山尚人博士なんだろう? 葉山博士の研究所にはうちのグループ企業も出資してるんだが、研究報告がなかなかあがってこないんで、状況をよく知らなかったんだよ。まさか託生本人がバイオロイドだったなんてな」
「ちょ、ちょっと待ってよ。出資って……じゃあ、崎くんって、あのFグループの」
「あーまあ、いいだろそれは。で、つまり、お前はオレが会ったことのある葉山託生とは、違う託生ってわけなんだな?」
 唐突にあかされた事実に混乱しつつ、ギイの何気ない言葉にぼくの心臓はどきりと高鳴った。
 ついにギイが核心に追いついてしまった。
 予期してはいなかった展開のせいで、心の準備はまだできていなかったけれど、ぼくはなんとかうなずいた。
「そう、……そうだよ。ぼくは、『葉山託生』のかわりにつくられた、バイオロイドなんだ」
「かわりってことは、その、以前の葉山託生は、つまり……」
「か、彼はもう、亡くなっているんだよ。二年前に、事故で」
「そうだったのか……。気の毒に」
「さ、崎くんの知ってた、ぼくの……本物の『葉山託生』は、彼は……もう居ないんだよ。どこにも、居ないんだ。ぼくは、偽物の『葉山託生』なんだよ」
 ぼくはなんとかそこまで告げて、俯いてしまった。ギイの顔が見られない。
 だって、つまりぼくは、ギイをたばかっていたということになるのだから。
 ギイが親切にしてくれたのは、好きだと言ってくれたのは、ぼくが『葉山託生』だからだろう。少なくとも、機械が相手なのだとは、思いもよらなかったはずだ。バイオロイドを相手に、好きだなんて言ってくれるはずもない。
 真実を知って、ギイは怒るだろうか。そして、傷つくだろうか。悲しむだろうか。
「そっか」
 俯いたままの僕に、ギイの明るい声がとどく。
「や、道理で見た目は二人そっくりだったわけだよな」
「……え?」
 今のは、どういう意味?
 おずおずと顔を上げると、ギイはやわらかく微笑みながら、ぼくの顔をのぞき込んでいた。












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