恋は桃色
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「入学式の時にもお前に言ったと思うが、オレは昔、『葉山託生』に何度か会ったことがあるんだよ。この街で」
「う、うん」
 ギイはそこで、くすりとおかしそうに笑った。
「彼は、託生とは――お前とは、全然似ていなかった」
「え?」
「何しろ頭がよくって回転の速い奴だったんだ。運動神経もオレ同じくらいか、オレ以上によくって、お前みたいに鈍くなかったしな。食べ物の好き嫌いもなかったし」
「……確かに、ぼくとは全然ちがうね」
 機械にしてはあまりに不出来な自分の能力を思いだし、ぼくはちょっと情けない気持ちになった。
 でも、あれ?
「でも、崎くん。どうしてぼくが好き嫌いするって、知っているんだよ」
「それは、託生が好きだから」
 さらりとそういうギイのまなざしに、ぼくはまたしてもどきりとさせられた。
「な、ん……」
「託生のこと、ずっと見てたからな」
「ど、どうして」
「好きな奴のことなら、何でも知りたいさ。そういうものだろう?」
「崎くん……」
 ぼくは、また混乱しはじめた。
 好きって、ギイ。どうして。
 ぼくは、バイオロイドなのに。ギイだって納得してくれたはずだろうに。
 ギイはぼくの戸惑いに頓着しない様子で、やわらかく微笑むと、一歩を踏み出した。ぼくは思わず、引き下がってしまう。
「オレは託生が好きだ。オレの気持ちは、迷惑か?」
「そ、それは」
「迷惑ってわけじゃ、ないんだろう?」
 ギイは確信しているように、ふっと微笑んだ。微笑んで、また一歩ぼくに近づく。
 ぼくは混乱しながら、けれども今度は逃げずに踏みとどまった。
「……だって、崎くん。……ぼくはバイオロイドだし、本物の『葉山託生』じゃないし」
「それでも託生は託生だろ。オレが好きになったのは、小さい頃に会った託生じゃなく、今の託生だよ。それにバイオロイドだって言われたって、オレには他の人間とどう違うのかわからない」
「わからなくても、ぼくはバイオロイドだし……そうだ、目か血の色を見てもらえれば、違いがわかってもらえると思うけど」
「そういうことじゃないんだ、託生」
 ゆるゆると首をふって、ギイはじっとぼくの目をみつめる。
「託生とこうして話をしたりしてると、オレはすごく幸せな気分になる。託生がオレにくれる言葉が、表情が、どんなものであれオレの心を動かすんだ。託生を好きになるのに、オレにはそれで十分だ」
 ぼくははっとして、麻生さんの言葉を思い出した。
 人の心は、一体どこにあるんだろう。
「オレの言葉で、お前の心も動いてくれているんだろう? オレの言葉に託生が怒ったり、戸惑ったりしているのはわかってる。人間だろうがバイオロイドだろうが、そんなの同じなんだよ」
 ギイはそう言うと、不意にぼくの手をとった。ぼくはびっくりして引こうとしたけれど、ギイの手は意外に強く、ぼくを離してくれない。
「さ、崎くんっ」
「ほら、たったこれだけで、託生は驚いたり困ったりするんだろう? だったらお前とオレとの間に、何の違いがあるっていうんだ」
 ギイと、ぼくの、違い――
「困ったり怒ったりだけじゃなく、お前が笑ったり喜んだりしてくれたら、オレはもっとうれしい。だからオレは託生が好きだよ。それは今までもこれからも、何もかわらない」
 ぼくはギイに手をとられたまま、どきどきと鳴る胸をおさえた。
 麻生さんの、ギイの言うとおりだとすれば。
 ぼくの心も、確かにここにあるのだろうか。
 ぼくの、ギイへの気持ちが。
 ギイは心持ち顔を近づけて、そっと内緒話をするようにぼくに聞く。
「託生、オレが好きか?」
 好きだ、と答えてしまいたい。
 こうしてギイと話していると、この機械の体のどこかに、ぼくの心が確かに存在していて、ギイが好きだと力の限りに応えているのがよくわかる。
 もっとギイに近づきたい。その声を聞きたい。笑ってほしい。
 ギイ、ぼくはもう、こんなにも君が好きだ。
「崎くん……あの、」
 でも、ぼくにはやっぱり、ギイに好きだと伝える資格はないのだと思う。
 偽物の『葉山託生』だからでなく、バイオロイドだからでなく、それでも。
「ぼく、崎くんのこと全然知らないんだ」
「ああ、お前はオレのことも、誰のことも知ろうとしてなかったからな」
 あっさりと頷いたギイに、ぼくの心はちくりと痛んだ。
 ギイはずっとぼくを見て、気にかけていてくれた。でもぼくは、きちんとギイと向き合って来なかった。
 ぼくは確かにギイが好きだけれど、もうその気持ちは確かなものだと言えるけれど、それでもギイが想ってくれるようには、ぼくは彼を想えていない。同じだけ想っていると言ってしまうのは、傲慢な気がする。
 だから、ぼくは。
「オレを、知りたい? 託生」
 少しいたずらっぽく笑うギイに、ぼくは真面目な顔で頷いた。
「知りたい。崎くんのこと、もっと知りたい」
「じゃあ、ギイって呼べよ。まずはそこからだ」
 ぼくはちいさく息を吸って、ギイの目をまっすぐに見た。
「……ギイ」
「うん」
 つながれたままの手から、ギイの体温がつたわってくる。
 ぼくの心と呼ぶべきものが、確かに今ぼくの中に生まれ、ギイの温度であたためられていくのがわかる。
 だから、ぼくは。
「ギイ、君のことが知りたいんだ」
「了解」
 ギイはにっと笑って、ぼくの手をぎゅっと握りなおし、引きよせた。
 魔法のように、ギイの瞳が近づいて、ぼくの心を吸い込んだ。


 ぼくの体の中にはたくさんの生体部品がはいっていて、金いろに光る合成血液が流れている。十四才までの記憶は『葉山託生』のもので、ぼくのものではない。それは何も変わっていないし、これからも変わらない。
 でも、それでも。
 ギイはぼくを好きだと言ってくれた。そしてぼくも、ギイが好き、だ。
 だから、ぼくは変われるような気がする――変わりたいんだ。
 ぼくを好きだと言ってくれた、ギイのために。
 いつか君に、好きだと伝えられるように。





「機械仕掛けのエア」Another Morning - ends, and to be continued...













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 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。
 ぼーっとしていたので気づきませんでしたが、一年以上書き続けていたんですね。本当に長々と時間がかかってしまい、すみません…(しかし同時に始めた「ソナチネ」はまだまだ終わっていないし…ああ、二本同時に書き始めるだなんて、本当に無謀なことをしてしまったものです…申し訳ありません。

 今回もまた随分酷な設定になってしまいましたが、パラレルでは、託生がかわいそうで、だからギイもかわいそう、な、お話ばかり書いている気がします(猫は別ですが。わたしの趣味がカラーとして出てしまっている気がして、恥ずかしいですね。でも、たぶん二次創作ってそういうものですよね、もともと。王道と言えるのかどうか分かりませんが、辛い境遇から幸せになるお話がやはり好きみたいです。

 ところで、連載形式で書いたお話は、それぞれにいろいろな書き方をしてきてます。今回はちゃんと大まかなプロットを書いたのですが、そしてそれに沿って書いてはいたのですが、微妙にずれてしまった気もします。なんというか、細かい構成をなおしたい感じです。SFにしてしまったので、書かなければいけない要素が多いんですよね。それらを全部描き切れているか、配分は適切だったか、いまいち自信がないのです。なので、後で手を入れるかもしれません。

 あと、冒頭の「ミニヨンの歌」の引用が、全然活かせなかったので、残念です…まったくつながらないわけではないのですが…。
 タイトルの「Another Morning」は、the pillowsの曲のタイトルです。生まれ変わる朝、新しい誕生日、の歌なのです。こっちはさいごにちょっとつなげられた、かな、と。

 改めて、ここまでおつきあいいただき、ありがとうございました。もうちょっと書きたい話があるので、またいずれ続きをアップすると思います。その際にはお楽しみいただければ幸いです。

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せりふ Like
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