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[ 読書/BL小説 ]

六青みつみ『寄せては返す波のように』

 随分間が開いてしまいましたが、一月以上前に読んだ、ちょうど記憶モノ小説その2(その1もあったのです。
 書きたいことが多すぎて感想を後回しにしていたので、かなり長いです。
 そして、前言は颯爽と翻し、これはきっと今年のステキBL最有力候補!たぶん!
 
 地表のほとんどが水没し、人類は海底都市にほそぼそと暮らしており、更に流行病のせいで女性が減ってしまった世界。
 エリィことエルリンク・クリシュナは、流行病の特効薬をつくった科学者で、この世界を統べる研究所の所長になっている。養子のショアを研究に利用し、またその身体をもてあそんでもいたことで彼に去られてしまい、はじめて彼への思いに気づいたのだが時既に遅く、失意の日々を送っていた。
 ある日研究所の清掃員にショアによく似た少年を発見し、なんとはなしに自室に呼びつけたところ、ルースという名のその少年は不幸な事故によって記憶に障害をもっており、小一時間程度の記憶しか保持できないとのことだった。
 傷つけられようが何をされようがそれを記憶できないルースを利用し、エリィは彼にショアの身代わりをさせてひとときを楽しむようになるのだが、何度会っても初対面でしかないルースに次第にとまどいはじめて云々。

 こういう記憶障害ものって結構恋愛物語ではありがちなんですかね?個人的にそういうのをあんまり読んだことがないので(あっ『明日も愛してる』さえまだ積んでるんだった!)この作品の出来について他と比較しては言えないのですが、とりあえずすんごく面白かったし、よくできてると思ったし、萌えた。

 お話としては、とりあえず、非道な攻めが改心し、跪いて受けの愛を乞う…というのがメインの話ではなく(そういうのも大好きなんですけどね、改心はわりと早めで、しかし受けの記憶障害その他のために生じるいろいろいろな障害を乗り越えてく、という感じで、全く飽きさせない構成だと思います。

 ルースはけなげな少年で、正直あんまりあたし好みなキャラではないのですが、いいこなんですよー。
 それにやっぱり、記憶障害の設定はとてもせつなく、どうしても感情移入してしまう。エリィの気持ちがショアにあると思って泣いて家を飛び出してきたのに、悲しみの理由を忘れてしまってなんでだっけ?と思いつつ泣いてるとことか、とてもせつなくてよいのです。
「おれはあなたが好きだよ。でもあなたに、こんなふうに特別に扱ってもらえる理由がわからないんだ」「ルース…」「あなたがおれを好きになる理由が思いつかない。教えてもらったかもしれないけど、おれ、忘れてしまうから…」
 ああぁ…せつない!
 エリィはダメダメだけれど(笑、なんかかわいげのあるひとですね。サンドイッチからソースとかこぼすとこが可笑しい。高級だけれど淋しげな猫みたい、というルースの評がなんだかよいです。
 銀髪のキラッキラなキャラというのもいい。メガネだし。ていうか、ルースも金髪なので、キラキラカップルだなあと思った。

 さて、記憶障害のルースとエリィとの恋愛にはいろいろな示唆が含まれているんだろう。
 自分にとってルースがどれだけ大切な存在なのか、伝えるたびに愛しさが増してゆく。
 このように、どんどん忘れていってしまうルースに何度も思いを伝えることで、エリィの思いが降り積もり豊かになっていく…というのは、とても淋しくけれどあたたかいことだなあと思う。
 エリィの愛が豊かになっていく一方で、ルースの中にはエリィの愛情は蓄積されていかないという意味では、エリィの恋愛はある意味永久に独り相撲である。けど、恋愛って結局それでいいんでは?とも思うのだ。
 他者とは永遠にわかりあえないんだとわかった上でそれでも関係をつづけていく、というテーマがここしばらくずっと好きなのだけれど、エリィとルースの関係もそんなところがあると思う。
 己の非を認めて許しを乞うそして感謝や愛おしさといった気持ちを、相手にきちんと伝えてゆく。愛情や信頼関係というものはそのくり返しで築かれていくものなのだと、この歳になってようやくエルリンクは気づいた。――ショアと、目の前の少年に教えてもらった。
 ルースの側で受け入れてくれるのか、蓄積してくれるのかというのは、重要なことだけれども、たとえそれがかなわずとも、エリィは「何か」を積み重ねて生成していく可能性を持ち得ているんだろう。
 まあ、独り相撲の恋愛というのは、一歩間違えればストーカーになってしまうのかもしれませんが…(笑。

 ルースの側からもいろいろ考えられる。
 ルースは毎朝エリィという恋人に新しく恋をする。そして、
 朝も昼も夜も、時間があれば手帳の記録を読みふける。思い出を蓄積できない脳の代わりに自分が書き連ねた詳細な記録を読むことで、想いが募り胸が熱くなる。
 こんなふうに、エリィとの恋愛の積み重ねを常に覚えているためには、常に手帳を読んでいなければならないのだろうけれど、それは不可能だし、そんなことをしていたら逆に目の前のエリィを見失ってしまうだろう。だからルースにとって手帳は記憶の代わりであってとても大事なものだけれど、けれど一番大事なものではないのだ。それこそ、エリィのために手帳を捨ててしまえるほどに。
 だけれどきっとこれって記憶障害をもつルースに特有の問題に見えて、実は記憶の一般的・本質的な問題でもある気がするのだ。そもそもルースは記憶障害だとされているけれど、ではどれだけの期間分の記憶を保有すれば「健常」なのか?というのは恣意的な定義でしかないのだし。

 そんなわけで、ルースとエリィにとって、つみ重ねていく記憶というのはとても大事であって、でもそれほど重要ではないというアンビバレントなものだし、そうした記憶のありようは、実はこの二人に限らないことなんではないかと思わされるのだ。記憶の軽さと重さか(笑。そうした二律背反な記憶のありようを、この作品はとってもうまく書いていると思う。
 後日談もふくめた終わり方がとってもあたたかい雰囲気なのも、とてもいいなあと思う。ルースの記憶障害は、本質的な部分では決して悲劇ではないのだ、という。

 あっ、タイトルもぴったりですごくいいと思う。
 藤たまきのイラストもぴったりでいいと思う(笑、絶賛気味ですかね。

 ところでこの話は、ショアのお話『蒼い海に秘めた恋』の続編だそうなのですが、こっちはあんまし惹かれなかったので未読…そして、エリィ→ショアなお話は、すごく気になるけれど今さら読めないだろうなあ…(笑
 とりあえず、更なる続編は無理としても、エリィルースの二人のお話はもう少し読んでみたいです。

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