裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ




 あの春、卒業の日、静かに寄り添い合ったギイと葉山の姿はまるで美しい映画のワンシーンのようで、二人だけで満ち足りているかのようだった。温室へ二人を呼びに向かった僕はそんな光景を見た瞬間、自分の気持ちを自覚した。この一年間の二人を思い返すと労ってやりたいような思いはあったし、今後最低四年間は離れ離れになるこの恋人たちをこれからも手助けしてやりたいという気持ちも確かにあった。だが、複雑に渦巻く感情は自分の望みがそれだけではないことを知らせていた。
 僕は葉山が好きだったんだ、もうずっと。
 一体いつからだったんだろう?
 本当に馬鹿だ、僕は。いつだってこうして後から思い知るんだ。





 だが自分の気持ちを自覚したからといって、何がどうなるわけでもなかった。僕であれ他の誰であれ、あの二人の間に入り込めるような隙なんてなかったし、僕自身そんなものがあって欲しくなかったのだ。僕は葉山に恋をしながらそれでもギイのことも変わりなく好きだったし、なにより葉山にとってギイがどれほど重要な存在なのかということを、多分誰よりもよく理解していたのだから。
 すべては遅きに失したということ――いや、そうではないのだろう。僕が葉山と親しくなったのは、どう考えてもギイのおかげなのだから。どんなに過去に遡ってみても、僕がギイよりも葉山に近い存在になる機会はきっとなかったことだろうと思う。高一の頃ならば話は別かもしれないが、そもそもその頃は、僕は葉山についてはおとなしい問題児のクラスメイトという程度の認識しか持っていなかったのだ。ギイがいなければ、僕はその後も葉山と親しくなることすらなく終わっていたのだろう。
 結局僕の葉山への恋心なんて、ギイの存在を前提としたものなのであり、つまり最初から叶う余地なんて全くない恋だったのだ。
 だからこんな気持ちなど、あの二人には勿論のこと、誰にも告げることなく僕の中だけで終わらせるべきものだと思った。僕はなにも気づかなかったフリをして、笑って彼らと別れたのだった。





 その後都内の工業大学に進学した僕と、東京都下の音大に通うことになった葉山とは、近くもないけれど遠くもない――そうだ、ニューヨークよりは余程近い――場所にそれぞれ一人暮らしをしていた。お互いにバイトに授業にと忙しい身の上なので、よくても月に一、二度くらいしか会えない。だがそれでも他大の友人という関係にしてはかなりの頻度だし、まして恋人である誰かさんよりも頻繁に会えているのだから、文句を言えた義理ではない。
 卒業後しばらく付き合った奈美とも結局別れてしまった。でもそれも当然の結果だったのだろう。奈美と付き合っている間にも、僕はこっそり葉山に恋しつづけていたのだから。奈美のことは好きだったし、葉山への恋心にはいつか諦めがつく日が来るだろうと思っていたのだが、それは浅はかな考えだった。心優しい幼馴染は、少し悲しそうに笑いながらさよならと言ってくれたのだった。それ以来、自分を誤魔化して誰かと付き合う気にはなれず、かといって葉山を忘れることも出来ず、たまに葉山に会えることだけを心の支えにして過ごしてきた。
 あの日までは。





 大学生になって、三度目の秋を迎えていた。
 僕はその日、バイク便のアルバイトで吉祥寺に来ていた。僕はバイクを走らせながら、葉山がバイオリンを教えに来ている家がこの近くにあることを思い出した。その日は丁度そのバイトにあたるはずの日だったので、どこかで偶然会えたりはしないだろうかと、僕はひそかに淡い期待を抱いていた。
 交差点で信号待ちをしている時、本当に葉山が向うからやってきた。
 僕は赤信号をいいことに、バイオリンケースを片手に提げて少し俯いて歩いて来る葉山を眺めていた。高校の頃よりも少し長めになった髪が、大人っぽいというか色っぽくて、女性に人気があるのも判る気がする……ギイが不安に思うのも、よく判るんだ。
 しばらく見ていると葉山もこちらに気づいたらしかった。少し首を傾げて確証が得られないでいるようだったので――何しろフルフェイスのヘルメットなので――軽く手を挙げてやった。それを見て安心したようににこっと笑い、あいている方の手を振りかけたところで、葉山は突然顔の色を失った。
「章三っ!」
 葉山がそう叫ぶのと、暴走車が轟音をたてて僕に向かってきたのと、ほぼ同時だった。
 一瞬後衝撃に思考が停止し、僕を呼ぶ葉山の声が聴こえたような気がしたものの、それもすぐに判らなくなった。












  top next 











2

せりふ Like
!



裏コイモモ
裏コイモモ:トップページへ