恋は桃色
恋は桃色:トップページへ





!!!注意!!!
本当に若干ですが、託生←章三と感じられるかもしれない描写があります。
お好みでない方は、ご注意ください。







 土曜日、年の明けたばかりの祠堂寮にて、宵の刻。
「知らないっ! 一人で勝手にすれば!」
「おい、託生!」
 勢いよく開くドアとともに、感情の高ぶった二人分の声に襲いかかられ、305号のドアをノックしようとしていた僕は思わず一歩後ずさった。







「天使も踏むを恐れるところ」   







 あれから二十分、僕は葉山を捜して寮内の心当たりをまわっていた。
 どうせまた他愛もない痴話喧嘩なんだろうけど、喧嘩のたびに惚気半分に『託生の無理解』を愚痴ってくるギイにはめずらしく、僕にも何も語ろうとはしなかった。何か深刻な原因があったのだろうか。ま、原因が何だろうが痴話喧嘩なんかほっとけばいいとも思うのだが……頭ではそう理解しつつもこうして葉山を捜しているあたり、そろそろ僕もヤキが回ったのだとしか言いようがない。





 ところが葉山は片倉の部屋にも他の友人のところにも居らず、これはどこか一人になれる場所に篭っているのかも知れない、だとすると捜すのがやっかいだな……と思いはじめたところで、ようやく談話室で級友にあやされているのを見つけ、僕は笑みがこぼれるのを押さえられなかった。
 あんなにとげとげしい顔をしている葉山は久しぶりに見る気がするけど、去年まではしばしばこんな感じだったんだよな。
 去年であれば、あんな状態の葉山託生が同じように座っていても、関わり合いになるのを避けて、誰も声すら掛けなかっただろう。
 それが、今は皆平気でむっつり頬杖をついて黙りこくっている葉山の頭を小突いてみたり、シャツの袖を引っ張ったり、……頬まで引っ張られてるぞ、流石に葉山もそろそろ怒るかな?
 僕はわざわざ廻って葉山の前に立ち、ことさら軽い調子で声をかけた。
「どうした、むくれっこ」
 葉山はちらりとこちらを一瞥しただけで、口を開こうともしない。替わりに廻りの級友が笑いながら返事をした。
「さっきから、この調子」
「なだめてもすかしても、うんとも言わないよ」
 級友達は、特に困った様子もなく説明する。
 ほら、な。みんな、まさか痴話喧嘩でむくれているのだとは思わないまでも、原因はたいしたことではないだろうと踏んでいるんだ。葉山は判りやすい。こんなにとげとげした雰囲気をまとってみても、今はどこかいい意味で他愛もない感じがするんだ。
 そう思って、やはりただの痴話喧嘩だったのだろうと結論付けようとしたときだった。
「しょーがないなー、ギイを呼んで来るかー?」
「ギイなんかに会いたくないよ!」
 級友の軽いノリでのその提案は勿論ギイと葉山との仲を知っているためのセリフではなく、二人の『仲の良さ』を踏まえてのものだったのだが、葉山はそれに激しい調子で即答した。しかしその葉山の急変に、周囲の空気はむしろほっとなごんだ。
「なんだ、ギイと喧嘩?」
「めっずらしーの」
 僕はこっそり苦笑した。勿論、二人の喧嘩という状況を察しただけで、誰もが痴話喧嘩に対するような反応を返したことに対して、だ。それもこれも、葉山が判りやすいからだ。
 早く仲直りしなよー、なんて言葉を残しながら、皆は僕に葉山を押し付け、もとい、託して三々五々立ち去って行った。





 とりあえず二人になったところで、僕は葉山の隣のソファに腰掛け――葉山は二人用のソファの真ん中あたりに根っこをはっていて、少しどちらかに詰めてもらえませんか、という僕の遠慮がちの『お願い』は聴き入れてもらえなかったのだ――依然としてむっつりしている葉山にあえて相対しないままに声を掛けた。
「何があったかは、聴かないけどな、葉山」
 葉山は前を向いたまま、少し不思議そうな顔をした――そんなに物分りのいい僕が珍しいか!
 けれど、ああ、僕も結局お人好しなんだよな。
「僕んとこ来るか?」
 葉山は目だけを動かしてこちらを伺った。
「事情は知らないけど、葉山もギイも別々に頭を冷やしたほうがいいと思うよ。太田は親戚の結婚式で、明日の夜までいないから、葉山は僕の部屋に来たらいいよ。ここじゃさっきみたいに邪魔されて、落ち着けないだろ」
 ああ、自分からごたごたに、しかも犬も喰わない痴話喧嘩に巻き込まれてやるなんて、本当にヤキが回ったとしか思えない、のだが。
「……いいの?」
 むくれっぷりがなおり、大分普段の顔に近づいた葉山は、おずおずとこちらを振り向いた。
「いいよ、別に。暇だし」
 即答してやると、葉山はまた少し黙った。
「あの……、さ。ずうずうしいついでに、お願いがあるんだ」
 葉山は少しためらって、上目遣いでこちらを見上げながら言った。
「何」
「……今夜、赤池くんのとこに、泊めてくれないかな」
「……そりゃあ。僕は、構わないが」
 物騒なおねだりだな。
 や、男同士、友人同士なんだから、別段おかしなセリフではないんだが。
 階上の相棒の存在を思って、僕は軽く息をついた。
 だって何しろ、僕が葉山に少しちょっかいを掛けるだけで怒るんだ、あの男は。
 まあ大抵は、怒るというかポーカーフェイスの裏で人知れずむっとしている、というところだが。あれはおそらく葉山にも見抜けないだろう――恋愛沙汰なんて、常に岡目八目だ、相棒の僕にだからやっと見抜ける程度の、ささいな変化なんだから。でもそれもしばしば、隠し切れずに表面化するのだけれど。
 とにかく、誰からも好かれて信頼される、僕が当初は子どもっぽい反発心を持ってしまったほどの、いっそ嫌味なほどにそつのないギイが、他人が葉山に近づくだけでむっとするんだ。しかも、それを隠そうとして結局は隠しきれないあたり、もはや笑ってやるしかない。
 恋情に翻弄されているようなそんなギイの様子は、見ようによってはみっともないことだと考える向きもあるかもしれない。けれど、僕はそうした綻びは基本的には好ましいものだと思っている。完璧なギイなんて、それこそ嫌味なだけだと思うから。
 まあ、バカだなとは思うけど。





 だが、そんなギイが嫉妬する可能性があるとしてもだ――や、確かにからかい程度で妬いているあいつが、「今夜赤池くんのとこに泊めてくれないかな」などというセリフを曲解しないわけはなく、ましてや嫉妬などしないわけもなく、流石の僕もそれは非常に恐ろしいのだが、それでも――葉山がこんなことを言い出すなんて、どう考えても前代未聞のことなのだった。
 やはりさっきの喧嘩には何か『深刻な原因』があったのだろうか、と再び僕は思い始めていた。
 仕方がない、と腹を決め、なにやら思いつめた様子の葉山のおねだり目線に、そういう目は向ける相手が違うだろうがと思いつつ、今は言いたい事を飲み込んで、僕は作った軽い調子で返してやった。
「いいよ。太田のベッドを使えよ、内緒にしておくから」
 葉山はそこでやっと笑って、ありがとう、と小さく言った。
「きちんと明日、ベッドメイク、しますから」
 商談成立。僕たちは同時に立ち上がった。























7

せりふ Like
!



恋は桃色
恋は桃色:トップページへ