恋は桃色
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10000ヒット御礼リクエスト特集→湊様のリクエスト:矢倉君とギイの絡み、裏ではなく大人なかんじで。




「パーフェクトワールド」
I'm in my heaven, all's right with the world




 軽やかなチャイムの後に呼び出しの放送が入り、俺は参考書から目を上げた。
「九時半、ね」
 少しの間をおいて、そっと自室を出る。
 廊下をロビーの方向へゆっくり歩いていくと、談話室の喧騒が次第に近くなってくる。
 ロビー脇の電話室にちらりと目をやってから談話室を覗くと、見慣れた仲間どもの顔の中にちらほらと下級生の影が目に入る。
「お、矢倉ー」
「暇なのか? 珍しいな。ちょっと寄ってけよ」
 すぐに声を掛けてきたのは同じクラスの奴らで、俺は苦笑を返してやった。
「暇じゃねーよ。これでも一応階段長なんで」
「嘘つけー。一階長なんて楽な方だろ、俺らが住人なんだから」
「そうそう、三階四階の盛況っぷりを考えれば、なあ?」
「うわ、そんな。ギイ先輩達と比べないでよー」
 俺は殊更におどけて笑い返し、級友も笑いながら他愛ないちょっかいをかけ続けてくる。
 ま、確かにね。一階は三年生ばかりで、フロアでの揉め事なんてあんまりないってのは事実だ。それは否定しないさ。
 でもだからこそ、俺はフロアに拘らないような問題には進んで係わるべきかもって、思ってるんだ。
 俺は軽口を打ち切って、談話室の中を見回した。
「ていうかマジ、ちょっと二階長に用があって、捜しててさ」
「野沢? 見てないなあ」
 そうだよなあ、見りゃ判るもんなあ。
「部屋に居ないのか?」
「ああ。行き違ったかな……ま、も一遍行ってみるわ。サンキュな」
 ひらひらと手を振って談話室を出ると、ちょうど電話室から出て来た人影が目に付いた。
「葉山」
 後ろから呼びかけるとくるりと振り返り、葉山は屈託のない笑顔を見せた。
「矢倉くん、久しぶり」
「電話? 誰だよ、まさかカノジョかー?」
「や、違うってば」
「よし、言い訳は部屋で聴こう」
「え、ちょ、矢倉くん??」
 がっしりと肩を組んで、俺は葉山にニヤリと笑って見せた。
「ま、冗談はおいといて。こないだの件の礼も言いたいし、茶くらい飲んでけよ。と言っても、インスタントのコーヒーくらいしかないんだけどさ」
「こないだの……?」
 首をかしげた葉山はああ、と思いついたように微笑んだ。
 八津と俺との間を取持ってくれたことなんて、すっかり忘れていたらしい。
「いいよ、そんな。ぼくは何もしていないし」
「まあまあ、寄ってけって」
 俺は笑い返しながら、有無を言わさず葉山を100番に連れ込んだ。


+ + + + + + +


「なんだ矢倉、またわざわざそーいうカップリングで……」
 呆れたような同級生の声に、周囲の耳目が自然と俺に集まる。
 俺を見るために、ではなく、俺の隣りに座る人間を確かめるために。
 夕食時の食堂の、一番混雑する時間帯、その少し手前。
 程よい混み具合の人並みから、友人達がからかいの声を投げかけてくる。
「あ、ほんとだ」
「まーた珍しいお二人さんで」
「矢倉、よくやるなー」
 俺は何時ものようにニヤリと笑って、軽く返す。
「何だ、妬いてんのか? お前等も一緒に喰う?」
「ばーか」
「お邪魔はしませんよー」
 なんて、ずっとふざけていられるわけもない。何しろ早くトレイを受けとって、早く席を捜さなければ、飯にありつけなくなってしまう。
 友人達が適当に切り上げて散っていく内に、俺に――俺と、その隣りの奴に集まっていた視線も、次第にばらばらと各自の用事に戻っていった。
 そんな周囲の状況を眺めながら煮魚の骨を取り除いてると、俺の隣りの葉山がおずおずと、しかしはっきりと声をかけて来る。
「あのさ、いいのかい、矢倉くん」
「ん、からかわれんのが? いつもの事だろ」
「でも……」
 今は、前とは状況が違うだろう?
 俺を覗き込むその眼が、声にしない言葉を語ってる。
 葉山の眼って、意外と激しく自己主張するんだよな。
 いや、意外、でもないのかな……二年前のことを思えば。
 俺は思わず微笑んで、だけど口にしたのは憎まれ口で。
「やっさしーなー葉山、俺のこと心配してくれんの?」
「ちが、や、違わない、けど」
 戸惑うように瞳を揺らがせる葉山に、やっぱりちょっと罪悪感。
 ごめんな、大丈夫。ちゃんと伝わってるから。
「『俺のこと』だけじゃないんだろ、判ってるよ、サンキュ」
 そっと声をひそめて、そう言い置いて。
「それより葉山、人参減ってないんじゃないか?」
 葉山はきょとんとして、それから自分のトレイの上の小鉢と俺の小鉢とを見比べて、慌てたように顔を上げた。
「なに、なにそれ、なんで」
「やー、赤池に頼まれてんだよなー。葉山と飯を喰うんなら、緑黄色野菜を残さないように見張ってろってさー」
「……!!」
 矢倉くんひどい、ていうか赤池くんはもっとひどい、と泣きそうな声を出しながら人参の甘露煮をつつく葉山は、ちょっと見高校三年生には……見えないかも、しれない。
 ……マズイなあ。
 赤池が母親みたいな心配をしてしまう気持ちが、ちょびっとだけ判っちゃったような、気がした。


+ + + + + + +


「矢倉ー? めずらしいな、お前がこんなところに来るなんて」
「あー、葉山のバイオリン、聴きに来た」
 その日初めて訪ねた温室には、先客がいた。
 赤池やら他の3Cの連中がベンチに陣取り、傍らのテーブルには飲料の缶がかさなって、雑談でもしていたのだろう、皆寛いだ雰囲気だ。
 その中から顔を覗かせた葉山が、微笑みながら俺に手を振った。
「本当に来てくれたんだ、矢倉くん」
「おう。しっかしお前ら、いい溜り見つけたなー。夏は暑そうだけど」
 手招いてスペースを空けてくれた葉山の横に腰をおろして見回すと、木々に囲まれた石畳の小さな広場は、成る程つるんで集まるにはうってつけの場所に思えた。今座っているベンチや揃いのテーブルも居心地が良いし、広場の端の方には作業の出来るデスクに、コンロの台や小さな冷蔵庫まである。
「大橋先生が篭り切りになるわけだな、これじゃあなあ」
 ついそんな感慨を洩らすと、周囲の連中はなぜか自慢そうな顔をする。
「はは、いーだろー」
「なー、担任が大橋先生でラッキーだったよな、俺等」
「違うだろ、俺達がここ使わしてもらえてんのは園芸部の葉山のお陰だろ」
「ちょ、誰が園芸部なんだよ!」
 あわててつっこむ葉山に、級友達は笑って取り合おうとはしない。
 でもそんなやりとりにもまた、普段の3Cでの葉山の『可愛がられぶり』がしのばれるってもんだ。
「ていうか、俺は葉山がバイオリンの練習してるって聴いて来たんだけど?」
 そう言ってやると、赤池が苦笑した。
「僕達はここで、勉強会……今は休憩中ってことで」
「あ、もう少ししたら、弾くよ、バイオリン」
 横合いから真面目に答える葉山に言葉を返そうとしているところへ、ふと誰かが言った。
「矢倉と葉山って仲良かったっけ」
 ……そりゃ、そう思うよなあ。
「えっと、その」
 言葉につまる葉山に構わず、当の本人達の目の前で勝手な推測が繰り広げられる。
「って言うかでも、最近稀ーに見るカップルだよな」
「いつも一緒、じゃないだけに余計怪しいというか」
 好き放題な事をのたまう3Cの面々に、俺はにやりと笑って見せた。
「よーく判ってるじゃん、葉山は特別なんだよ」
「ちょ、ちょっと、矢倉くん?」
 俺が肩を抱き寄せてにっこり微笑んでやると、葉山はすごーく驚いた顔をして赤くなる。
 ……先ほど葉山が戸惑ったのは、八津の名を出せないからだ。葉山と俺との繋がり……八津を介しての、繋がり。
 またちょっと罪悪感を感じつつ、それでも俺は構わず葉山の頬に頬を寄せた。
「なんだよ葉山ー、俺達の仲だろ?」
「し、知らないよ!」
「矢倉、遊ぶな。それは僕のおもちゃなんだから」
「だ、誰がおもちゃなんだよ赤池くん!」
 赤池の言葉にきっとなり言い返す葉山に、更に周囲の連中が笑ってつっこむ。俺は葉山を抱き寄せたまま調子を合わせながら、こっそりとそれを確認する。
 笑いのさざめく中に、笑っていないのは二人だけ。
 律儀に困った顔を赤くしている葉山と、愛想笑いにごまかしているそいつと。


+ + + + + + +


 軽やかなチャイムの後に呼び出しの放送が入り、俺は雑誌から目を上げた。
 少しの間をおいて、そっと自室を出る。
 廊下をぶらぶら移動するフリをしながら、例によって葉山が電話室から出てくるのを確かめて、Uターンすると目的の部屋までまっすぐ向かう。
 軽くノックをすると、案の定その部屋にはそいつが一人で居た。
「よお、悪いな邪魔して」
「あ、矢倉? べ、つに邪魔だなんて」
「そっか? じゃ、今隠したもん出しな」
 俺が片手を出して催促すると、そいつはすっと蒼ざめ黙り込んだ。
 俺はこっそりと口の中で、やれやれだ、と呟いた。







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