恋は桃色
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 それからしばらく後、一枚きりの地図のコピーを更に複写して、一人一枚の地図を手にした四人は305号に集まっていた。ギイは自分のベッドに寝転がり、その脇には章三が腰を掛け、託生と利久はもう一方のベッドに座っている。四人の傍らには電子辞書やらネットに接続できるCE機やらといった知識の泉と、プリングルスにペットのコーク、爽健美茶、そしてこの一月ちょっとで大分周囲に配ったはずなのに未だに残存している某御曹司宛てのバレンタインのチョコレート。時折誰かしらがうーんとうなる声だけが聴こえる室内で、託生はのんびりプリングルスを二枚唇にはさんでみた。
「あひる」
 誰も見ちゃあいなかった。

「章三、ここさ、『祠堂学院高校』がキイだよな、どう見ても」
 ギイは身体を起こすと、章三の地図で場所を示した。
「そうとしか思えないよなあ」
 問題の箇所には、祠堂高校、堂、堂学校、祠学院、堂……云々とつづられていた。
「何か、六文字で作れる暗号だよな。六文字って言うと、何がある?」
「ん? 六文字の暗号って、どこかで……」
 託生はふと顔を上げた。
「ああそうか、『二銭銅貨』だ」
「にせんどうか? って?」
 利久はワカラナイ、シラナイ、コムギコカナニカダ状態だったけれど、章三はああと納得した顔をみせた。
「ああ、乱歩か」
「そう。江戸川乱歩の『二銭銅貨』。目の見えない人用の点字って、六個の点でひらがなを表わせるだろう? それを六文字の言葉に置き換えてあるんだ」
「ふうん、成る程な」
 ギイも頷き、早速点字の一覧をネットで検索すると、暗号を解読した。

暗号の一部


「どんぐりのいちばんおおくおちるき」
「ああ、アレか……」
 雑木林の中のその大きな木は、祠堂のごくごく一部のどんぐりファンの間で有名な木だったし、一般の生徒でもなんとなくアレかな、と想起できるものだった。
「でもその解き方でいけるのはこの一画だけみたいだな。他はこの暗号じゃとけないみたいだ」
「たぶん、区画ごとに暗号が違うんだろう……くそ、こんなめんどくさい地図誰が作ったんだ……奈良先輩なのか?」
 賢い人ではあったが、これは意想外の才能だぞ。
 ギイが唸っていると、はたと思い出したように託生が顔をあげた。
「あ、そういえば坂咲さん」
「坂咲瞳?」
「うん、そう。卒業式前後に図書室によく来てて、推理小説とか大量にチェックしてた」
 そういえば乱歩も読んでたなあ、と何でもないことのようにそう言ってのける託生に、三人はしばし言葉も出なかった。
「……あのな、託生。そういう情報は早く言え」
「や、だって、今思い出したんだよ……」
 困った顔でそうつぶやく託生を前に、三人はため息をついた。
「あーあ、それじゃあ解けないわけだよなあ。慶應医学部を滑り止めにして東大理三に前期日程で軽々合格してる天才のつくった暗号、ってわけだろ? 俺らがすぐに解けるわけ、ねーもんなあ」
 俺自信なくなってきた、としょぼくれる利久に、ギイは首をふる。
「いや、逆に言うとこれはチャンスだ。フツーに考えていたら解けない暗号ってことは、解けたやつにはそれだけアドバンテージがあるってことだろ」
「そっか、そうだよな! こっちにはギイがいるんだもんな! 点字の暗号にも気づいたし!」
 ギイ頼りになるもんなあ、なーんて冗談ではなく言いのけてキラキラした目で見上げる利久に、めっぽう厚顔無恥なギイも流石に頬を染める。そんな二人を見て章三も苦笑いをもらし、『二銭銅貨』を思いついたのはぼくなのに、と託生はちょっといじけた。
「いや、そうじゃなくてだな、託生の情報によれば、坂咲さんは図書室の推理小説を沢山読んでいたんだろう?」
 ギイの指摘に、章三があっと気がついた。
「そうか。坂咲さんが他の暗号も図書室の本を参考にしてつくっていたとすれば、図書室の推理小説をたくさん読んでいる人間なら、坂咲さんのつくった暗号が解けるかもしれないってことだな」
「でも、推理小説ファンを見つけたとして、どうやって協力してもらうんだい? 理由を内緒で暗号についてだけ聴くわけにも行かないだろう?」
 首をかしげる託生に、ギイは重々しく頷いた。
「うむ、とりあえず詳細は内緒にしておいて、後のことは宝物とやらを見つけてから考えよう。分配できるものなら利益を還元すりゃいいし、そうでなければ別の形で謝礼を送るってことで」
「ギイ、悪いなあ」
「でも、いい案だと思うぜ!」
 それ、いい案って言っちゃっていいんだろうか。
 にやにやする章三と喜んでいる利久を見比べて、託生はちょっぴりため息をつきたくなった。
「では、図書委員の託生くん、推理小説愛好家のベスト3を発表してください」
「利用者の情報保護は図書委員の義務だと思うんだけど」
「まあまあ、堅いこと言わずに」
 ギイのコンマ一秒で装着可能なとびきりの笑顔と残る二人のきらきらひかる期待のまなざしとに、図書委員の責務という託生の良心はもろくも崩れ去った。
「えっと、うちの学年だと、野川くんとか、太田くんとか、よく借り出してたかな」
「そういえば、太田はよく推理小説を読んでたな」
「そうだよ、赤池くん同室じゃないか」
 赤池くんつめたーい忘れてたんだあなんて茶化す託生に、本気のデコピンがとんでくる。
「痛いよ!」
「悪い悪い、つい力が入ってな」
 託生は涙目になりながら付け加える。
「あと、三洲くんも結構読んでた」
「三洲はパスだな。既に地図を持ってる以上、協力要請がヒントになっちまう」
 ギイの言葉に頷くと、章三が分担を申し出た。
「野川はギイに任せたぞ」
「任せろ。章三は太田だな」
「……仕方あるまい。じゃ、ギイと僕が情報収集してる間に、葉山は片倉と一緒に図書室で人気の低かった暗号小説を中心に調べておいてくれ」
「何だいそれ、簡単に言うなあ、もう」
 ぼやく託生をよそに、ギイはベッドから立ちあがると三人を見渡した。
「それじゃ、情報を得次第図書室に集合ってことで、ひとまず解散な」












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