小一時間後、図書室にギイと章三が現れると、託生と利久は思わず目を見張った。
「なんか……やつれてない? 二人とも」
「や、大丈夫、大丈夫……」
ギイは記憶を振るい落とそうとするかのように頭を振ってそう言うと、さて、と空元気を出した。
「全部は判らなかったけど、三分の二くらいは解けたぜ」
「こっちもそのくらいだな。かぶってなけりゃ、大体判るかな」
章三はそう言うと、ぎろりと託生を睨む。託生の手には『ナルニア国物語』が開かれていた。
「サボってたな、葉山」
「や……、えっと、その、いたッ!」
本日二度目のデコピンに、託生は泣き濡れた。
「なんでぼくだけ……差別だ……」
章三は抗議を無視してギイと利久に向き直った。
「じゃ、ギイのと僕のと合わせてみるか。並べてみようぜ」
ギイと章三の地図を並べると、地図の内容がほぼ明らかになった。
「えーと、ここは寮の128号室だよな。クロゼットの中にカギがあるのか」
「んで、雑木林のこの地点に行けってことか?」
卒業生の部屋って、施錠されていないのだろうか。復活していた託生は首をかしげた。
「128って、誰の部屋だっけ?」
「鳥居先輩だな」
「ギイ、よく覚えてるねえ」
「とりあえず、行ってみるか」
校舎を出ると、運動部が活動しているグラウンドの脇道を通って、寮に向かう。正門前の桜並木のようにとは行かないけれど、ここの道沿いも桜の木が多い。託生は木を見上げて首をかしげた。
「咲く前の桜って、なんだか全体的に赤く見える気がしない?」
「蕾が赤いもんな。花は白いから、蕾の時の方がむしろ赤いイメージだよな。それはそうと、ほら、置いてかれるぞ」
託生はギイの言葉になるほどと頷き、止まってしまっていた歩みを再開した。
寮にたどり着く頃には、グラウンドの喧騒も大分遠ざかる。終業式直前の休日ということもあり、ほとんどの生徒が出払っている寮内は穏やかに静まり返っていた。しかし一階の居住区に入ると、輪を掛けてしんとした雰囲気につつまれる。人の気配もしないし、他の階とはまったく違う雰囲気に気圧されてしまう。四人は知らず無口になっていた。ここに居た住人たちが、再び帰ってくることはない。オレがしぶしぶ良介を託した岡嶋(さん)も、ぼくと同県の森山さんも、僕にたびたびコーヒーをおごってくれた風紀委員長も、俺のソンケーしていた弓道部長も、もうここには二度と戻っては来ないのだ。
128号室の前に立ち、利久がドアノブにそっと手を掛けると簡単に扉は開くらしかった。室内に忍び入ってクロゼットをひらくと、そこには一枚のカードと大きなゴミ袋があった。
不信感をつのらせつつ、ギイがカードを手にとり、三人も額をつき合わせて覗き込む。
『お疲れ様!
よくまあ、あの暗号を解けたなあ。
大変気の毒だとは思うけど、ここまで付き合っちゃった君たちは
最後までガンバッテくれよ!
卒業生一同 代表・旧評議委員長 鳥居広之』
「気の毒って、どういうこと?」
「さあ……?」
続いてゴミ袋を探ると、その中からは、二本のスコップが出てきた。
「僕はイヤな予感がしてるんだが……」
章三が顔をひきつらせながらそう言うと、託生もこくこくと頷いて同意した。
「雑木林、だもんねえ……」
「ま、ここまで来たら、やるしかない、よなあ……」
四人ははあ、とため息をつくと、スコップを担いで雑木林に向かった。
地図を片手に雑木林に分け入ると、問題の地点の周辺は人通りの殆どない、確かに何かを隠すにはうってつけの場所であるようだった。章三が周囲を見回しながら枯れ枝を踏むと、ぱちりと割れる音がした。
「このあたり……だよな」
「ねえ、あそこに誰か立ってるよ」
その後姿は、確かにその人である。
「三洲!」
名を呼ばれた我らが生徒会長は、くるりと振り返ると柔和な微笑みを返して来た。
「なんだ、君たちも宝探し? でも生憎だね、俺が先に見つけたんだよ、ここは」
三洲が立つ地点には、確かに明らかに最近掘り返した後がある。
「三洲、なんかお前、その登場のタイミング、いかにも悪役って感じだぞ……」
「大きなお世話だ」
「っても、お前128号室の暗号の方は解いてないんだろ。素手でどうする気だよ」
三洲は確かに空手だったが、フンと鼻で笑ってみせた。
「これから手段は探すさ。でも採掘の優先権は俺にあるだろ」
「そうかあ? むしろ暗号をちゃんと解いてスコップを手に入れてきたオレたちの方が、優先権があるんじゃないか?」
ギイも負けじと言い返す。
犬猿の仲の二人では、決着がつきそうもない、どうしたものかと章三と託生が目交ぜしたところで、後ろから朗らかな声がした。
「いいじゃん、折角だから三洲も一緒に掘ろうよ! 五人で掘った方が早いぜ、きっと」
折り良く沈みはじめた陽が木の間から現れ、そう言って笑いかける利久の背後には後光が射していた。三人は目が眩んだ。
「だ、だめだもう我慢ならん、片倉に惚れそう!」
「オレ片倉になら抱かれてもいい!」
「ふ、二人とも、利久はぼくの親友だからね!」
興奮する三人の横では、三洲が呆れた顔でそれを眺めていた。
二本のスコップで、五人で交代で掘ること数十分、日も随分傾いた頃、託生のスコップがかちりと音をたてた。
「あ、これかな」
「いよっし、その周りをやっつけよう」
利久と二人その箱状のものを掘り出し、土を払いつつ取り上げて見せる。
「何だろう、結構小さいな」
「それに……言いづらいんだけど、軽いんだよ」
託生はそう言いつつ、蓋を開けた。
五人が一斉に中を覗き込む。
「これは……?」
『お疲れさん!
よくぞここまでたどり着いてくれた!
頼もしい後輩を持って、俺たちはうれしいよ。
ところで、俺たちの学年が誇る超天才については既に皆も知っていると思う。
実は君たちを悩ませたあの暗号は、この方の作だったのだよ!
だから、そのすごさについては、この宝探しで君たちも心から納得してくれたと思う。
というわけで、君たちにスペシャルボーナスだ、受け取ってくれ!
卒業生一同 代表・旧生徒会長 広田透
お疲れ様~! 皆、元気でね。
超天才なんかじゃないけど、坂咲瞳』
「これ……は」
「定期テストだ、坂咲さんの回答入りの!」
「そうか、つまり来年の試験の、過去問と模範解答ってことか!」
箱を前に色めき立つ四人を他所に、三洲はふらりと立ち上がった。その顔は青ざめ、果てしなく無表情に近い。章三はおそるおそる声を掛けてみた。
「おい……、三洲?」
「知らないのか? ……俺たちの年度から、教育指導要領が新課程に変わるんだよ……」
「「「……!」」」
「…………………………?」
ほとんど暮れ掛けた雑木林に風がどうと吹き、草木がざわざわ鳴る中に箱の中の答案用紙がくるくると舞い上がり、どこまでもどこまでも飛んでいった。
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SSS「冬の一日」でこの四人を書いてから、長めの四人もの、出来れば青春冒険もの(!)を書きたいなあと思っていたのですが、丁度いい舞台が実は少なくって困りました。三人組に利久を絡ませづらいんですよね(三年夏休みがちょっとそんな感じになりそうだったんですけどね、利久は早々に居なくなってしまったし、残念。というわけで、そんな設定が出来そうなのは、とりあえずこの時期かなということで、四人での宝探しを設定してみました。もうちょっと冒険させたかったですが、今のわたしには荷が勝ちすぎました…。馬鹿なお話ですが、少しでも高校生っぽい感じが出ていればいいなあと思います。
江戸川乱歩の『二銭銅貨』は、新潮文庫『江戸川乱歩傑作選』を底本にしました。読むのは三回目くらいなんですが、なぜかいつも内容をきれいに忘れてしまうのです…。
あと、鳥居先輩の名前がわからなかったので、捏造…していましたが、15周年ファンブックで発見したので、訂正しました(笑
タイトルは勿論ザ・フー!このタイトル大好きです。イラストもジャケ写をもとにしています。ギイがいるし、元絵のように掛け物はイングランドの国旗にしようかなと思ったんですが、よく考えたら御曹司はアメリカ人でしたね…。
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