恋は桃色
恋は桃色:トップページへ










 おまけ:LegsOfASnake



 ギイが書斎で書類仕事を片付けながら演奏旅行中の恋人のことを考えていると、珍しく慌てた様子の秘書が駆け込んできた。
「ギイ、少々面倒なことになりそうです」
 島岡の声に、ギイは美貌の片眉のみをあげて先を促した。
「正式名称はまだありませんが、コーダーと呼ばれているあの機械の件です」
「それは、面倒そうだな」
「そう、コーダーというだけでも厄介なんですが、あれを使い、ギイの過去を変えようとしている奴らがいるようなんです」
「オレの過去?」
「はい」
 真剣に頷く島岡に、ギイは困惑と呆れを隠さず、ため息をついた。
「暇な奴らがいたもんだな、そんなもの変えてどうすんだ」
「あなたがかつて習っていらしたバイオリンをやめる時期を早めさせようとしているようです」
「バイオリン……? そうか……そういうことか」
 少しまなざしをゆるがせ、はたとそのことに気づくと、途端眉根をよせ、険しい表情になる。
「託生を排除しようとしているな」
「はい。ということは、彼らの黒幕も、だいたいわかったようなものです」
 この件の以前から、ギイの同性の恋人を快く思っていない者たちがグループのごく一部にいることはわかっていた。妙に独善的で行動的な者たちで、統制には手を焼いていたのだ。
 ギイは恋人に贈られたドイツ製の万年筆を置くと、背もたれに寄りかかってまたため息をついた。
「……しかし、それはまずいな。オレはあの時、元々須田先生を訪れることに積極的ではなかったから。何かきっかけがあれば、予定を変更する可能性が高い」
「ええ、なんとかしなければなりません」
 いつになく真剣なその様子に、そしてともすればギイ本人よりも真摯な表情に、ギイは少しいぶかしみを覚えて首をかしげ、秘書を一瞥した。
「託生さんは魅力的な方ですし、私も好きですが、それだけではなく……もしあの方がいらっしゃらなければ、ギイは消滅しますよ」
「島岡」
「おそらくギイが託生さんに出会えなくなってしまえば、あなたがあなたではいられなくなり、きっとまったく異なる世界線に移動してしまいます。ダイバージェンスは1パーセントを越えると思われますし、そこがどのような世界になるのか、皆目検討もつきません。最悪の場合では、大きな戦争すら起きるかも」
「あの、島岡? ちょっと、オレにはわからない用語があったんだが」
 島岡はSFが好きなので、おそらく小説か何かの用語だったのだろう。
 だが、託生を失えば自分が今の自分ではいられないということ、さらにはどのような「バタフライエフェクト」が起きるかはわからないということを言いたいのだろうとは、なんとなく理解できた。
「なんにせよ、託生が居なければ今のオレはない、というのはその通りだ。なんとしても奴らをとめよう」
「はい。早速手をうつよう、秘書チームと護衛担当ですでに情報収集をはじめています。ギイもすぐに合流してください。ただ……もちろん、彼らの手腕を疑うわけではないのですが、こちらの時代だけで対応するのは、少々心もとない気がします」
「こちらもコーダーを使うべきだ、と言いたいのか」
「はい」
 島岡がコーダーを使ってみたいだけなのでは……ともちらりと思ったが、ギイは可能な対応策を考えてみた。
「誰かを遣るにしても、情報を送るにしても、……難しいな。八才の時のオレが、『タイムトラベル』という現象を信じられる確信がもてないし、他人の言葉を聞き入れるとも思えない」
「ギイ……」
 幼い自分自身への評言に、彼がこの二十年でいかに成長したのか、変われたのか、変わらなければならなかったのかを思い、島岡は少しせつなくなった。そして、そのためにどうしても必要な恋人をなんとしても失わせてはならないとの決意を新たにした。
「では、こちらの時代だけで完全な対応を目指しますか」
「いや……もちろん、こちらの時代でなんとかすることを目指すにしてもだ、確かに念には念を入れたい。そこで、可能性があるとすれば、だ」
 ギイは背もたれから起き上がり、デスクの上に頬杖をつくと、すぐ目の前においてある、恋人には内緒の写真立てをのぞき込んだ。
 そこには今現在の恋人ではない、高校時代の隠し撮り写真の中の彼の笑顔があった。
 ギイは今の恋人を最も愛しているし、常にその現在の恋人が一番素敵だと思えているし、彼の美しさ、能力も魅力も年齢をかさねるごとに増してきているのは、ひいき目だけではなく明らかなのだけれど。
 郷愁ではない、未練や心残りでもない、それは純粋なる永遠の憧れだ。それは彼と恋人同士になろうが、一緒に暮らすようになろうが、彼がより魅力的になっても、何年たっても色あせない。
「託生にオレを説得してもらうしかないと思うんだ」
「託生さんに? ……八才の?」
「流石にそれは無理だろうし、それでは結局、歴史を変えることにもなってしまう。だが、人間そのもののデコーディングは十年が限界だ。奴らも同じ手段をとるつもりだろうが、まず十年前に干渉し、コーダーそのものもデコーディングして、その時代の託生をコーディングし、そこからさらに十年前に遡る。十年前、十八才――十七になるかな、とにかくその年齢の託生を送れば、たぶん八才のオレもいうことを聞くと思う」
「……そうなんですか?」
 島岡は心をうたれた思いがした。
「お二人の信頼と絆とにはいつも驚かされておりますが、二十年前にもそれが適応されるとは思いませんでした」
「オレにはわかるんだ、自分のことだから。あれは絶対、オレが一番弱い、勝てない顔なんだよ……」
「あ……ええと、そこ、なんですか」
 顔か、顔なのか。
 自嘲するかのような、諦めたかのような、妙な顔で微笑むギイに、島岡はちょっと呆れ、感動を返してほしいと思ったのだった。








---
 ギイは託生の顔が(顔も)好きだといいなあとか、隠し撮りとかアホな行動してたらいいなあと思っています。

24

せりふ Like
!



恋は桃色
恋は桃色:トップページへ